Leadership Insights

新鎖国論(中)

(2010年08月05日)
前回のコラムでは、日本がまさに八方塞の状態に陥る可能性が高いことを論じましたが、今回、日本が再び成長への活力と輝きを取り戻す手立てはあるのかどうかについて考察してみます。筆者は日本には「擬似鎖国国家」になれる選択肢があるのではないかと提唱します。敢えて鎖国というキーワードを軸にこれまでの経済モデルから振り子を思い切り逆に振ってみることが、日本の成長戦略を考える上でのヒントになるのではないかと考えているからです。特に日本が過去の成功に囚われて気付かないまま衰退していく状況を打破するのに“鎖国”という発想は重要な鍵を握るのではないかというのです。
 
世の中に情報があふれ返った昨今、ビジネスにおいて特に重要になってくるのが、いかに信頼性の高い情報を選び出すかということです。筆者は「情報源」という意識が希薄であると、情報の正確性・信頼性をあまり気にしなくなってしまうのではないかという問題意識を持っています。情報源の信頼性を見極める第一歩は、その内容についての責任の所在が明らかになっているかどうか、です。そこで、今回のコラムでは、今インターネットを使う方にはおなじみのWikipediaを例に、情報源を意識することの重要性について考えていきます。
 
筆者は最近、説明が求められるあらゆるシーンで「具体的」「分析的」「手段的」なアプローチに偏っている人が多いのではないかと感じています。その原因は日々本質を考えることを意識しているにもかかわらず、実際には、本質に迫るアプローチから遠ざかっているからではないかと考えています。その要因として筆者が挙げているのは、2点。ひとつは、仕事の内容や結果を「見える化」することにこだわりすぎたことで、仕事の細分化が進みすぎてしまったため。もうひとつはスキル的な要因で、平たく言えば「国語力」の低下です。筆者はこのような状況を打破するにはどうしたらよいのかについて、いくつかのヒントを出しています。
 
「勝ち組」として生き残るためには企業は常に「変革」し続けていかなくてはいけない。しかも、その変革のスピードは年々速くなり、そのうえ、解決しなくてはいけない課題も複雑かつ、多岐にわたってきている・・・このような状況の中、「誰もが一生懸命仕事を進めているが、なぜか思うように進まなく報われない、何が悪いのであろうか」という‘もやもや感‘が発生している職場も多いのではないでしょうか。筆者はこのような組織の変革を長年手がけてきました。そのような数々の経験をもとに、この‘もやもや感’をすっきりさせるための打ち手をご紹介していきます。
 

新鎖国論(上)

(2010年07月08日)
バブル経済が崩壊した年である1990年から2000年までの10年間は「失われた10年」と称されます。しかしながら、国民一人当たりGDPで見る限り、失われたのはむしろ2000年以降の10年のようです。「諸外国と比較して日本は豊かな国」とは、もはや言い難い状況になっています。日本が豊かさと活力を取り戻すためには、経済を再び成長軌道に乗せることが不可欠です。とはいえ、内需による成長は人口減と高齢化に阻まれ、外需による成長は産業のガラパゴス化により道を塞がれた日本。そんな日本が再び、世界トップレベルの豊かさと活力を取り戻すことは果たして可能なのでしょうか?