Leadership Insights / なぜ今ミドルのキャリア自律政策か

なぜ今ミドルのキャリア自律政策か

(2015年05月27日)

私が長年活動の拠点としてきた慶応大学SFCのキャリアリソースラボラトリーが設立されたのが2000年5月、15年前になる。当時は1990年代後半の大手企業の破たんやリストラ、事業再編などを背景に、日本も自律的キャリア形成への意識が高まりつつある状況だった。特に若手社員は会社に生涯を任せる生き方がもはや現実的ではないことを理解していた。一方で歪んだ就活やキャリア教育の問題もあり、若者のキャリア自律イメージは歪んだものになりがちだった。

そういう背景もあり、キャリア自律の最初のターゲットは20代若手社員であった。それが最近明らかに変化のトレンドが見てとれる。バブル入社組の40代や、定年延長や役職定年などが一般化した50代のキャリア自律が大きな課題になってきている。

安倍政権の経済再生政策や地方創生政策の流れで、国がミドルシニアの流動化に本格的に取り組み始めたのも、その一つの表れだろう。過去日本の労働政策は、企業にとどまる雇用安定を最優先にしてきた。しかしキャリアがこれだけ不安定化する中、雇用だけを特定企業内で安定させる政策でははっきり限界があるということだろう。

私が実際に検討委員として参加している政策を二つ紹介しておこう。一つは、経済産業省産業人材政策室が進める「多様な人活支援サービス創出事業」で、今年度ですでに3年目を迎える。この事業の問題意識は、現在の大手企業ではせっかくの経験や能力を活かす仕事に就けないミドルシニアを、成長産業や成長意欲のある地域の中堅中小企業に転職してもらうことで、日本経済の再生の一助となるのではということだ。例えば海外勤務経験が豊富な大手商社やメーカーのミドルシニアで、日本帰国後活躍の場が限られる人たちは少なくない。一方で海外展開する意欲や海外で通用する優れた製品サービスがありながら、人材不足で展開できない中堅中小企業も少なくない。そこをマッチングする人材ビジネスのノウハウ向上と事業展開の後押しをしようという政策だ。送り出し側の大手企業から、希望者や会社指名の人たちに研修などを提供し、人材受け入れ側の中堅中小企業とのマッチングを支援する人材サービス会社に予算をつけて、ノウハウ開発を推進し、事業としてこの分野を自立化してもらえないかという目論見だ。研修、マッチング、そしてお試し出向で、もし相互にうまく機能しなければ帰任も可能というプログラムが主体である。

会社規模や業界の違いを超えてのミドルシニア人材の流動化は、理屈としては送り出し側企業含め多くの人が賛同するし、受け入れ側のニーズもある。しかし当然ここにはいくつかの課題がある。マクロ経済系の方々はよく日本企業の企業内人材育成は、ポータビリティーの高いスキルを育てないので、流動化の妨げとなるという言い方をするが、実際の問題はそれほど表面的ではない。社会心理学的な視点から言えば、日本の組織忠誠心はこの組織から追い出されたら生きていけないという不安からくるもので、積極的に組織に貢献しようというものではないという指摘がある。閉鎖的で内向きな村社会感覚がサラリーマンにも残っているという指摘だ。だから日本人は組織内では自己高揚的というより自己卑下的な態度をとりやすいし、人間関係への関心が高いということらしい。ブラック企業に勤務する多くの人たちをインタビューしてきたジャーナリストが、いつも最後に「なんでそんなにひどい会社を辞めないんですか」と質問するが、必ずと言っていいほど「そんなに簡単に転職なんてできないんですよ」といった答えが返ってくると記事に書いていた。今の組織に属していれば安心という気持ちは、組織にすれば組織内の取引コストを低減するが、組織外の機会損失を生み出すということらしい。今多くの日本企業の課題は、グローバルなど外部機会の取り込みにある。

つまり問題はポータブルスキルではなく、そもそものキャリア自律のマインドセットの低さにある。それが証拠に、私が21世紀キャリア研究会で行った仕事観調査でも、年代別には40代がほとんどの仕事観のポイントが最低だった。それに次いで50代が低い。要するにキャリア自律の基本である、「自分にとって仕事とはどういう意味があるのか」という意識自体が低いのだ。

数社がこの事業で採択され、独自の工夫を凝らしたスキルやマインドセット研修、マッチングの工夫を行ってきた。この中でもマインドセットを前向きにする部分の重要性が改めて確認されたが、方法論的には十分効果があることも分かった。興味のある方は、例えば私の友人でもある明治大学教授の野田稔さんが始めた「社会人材学舎」という活動がある。ミドルシニアのマインドセットとマッチングを推進する一般社団法人だが、そこに連絡してみてはどうだろうか。

この事業の今後の事業自立化を考えたときの課題はコスト負担にある。受け入れ側企業は中堅中小企業で、大手ほどの紹介料が負担できるかは疑問が残る。採用した人材の活躍の不確実性が今後の実績で低減できればそれなりには負担も可能だろうが、送り出し側がどれだけコストを負担するかが問われる。この話には送り出し側企業も考え方としては賛同する企業が多い。しかし同じ投資をするなら、去っていく人ではなく今後のエリート育成に使いたいというのが本音だろう。また、状況によっては突然の大規模なリストラが避けられない事態がありえることは認識していても、今はそうではないのでリストラと誤解されやすい社内での募集はやりにくいし、逆にオープンに行って優秀層に手を挙げられてしまっても困る、という考えもあるだろう。

しかし生涯の雇用と生活を保障する代わりに、転居を伴う転勤などを含めて、強い会社人事権を認めてきた日本型雇用のパッケージはあきらかに崩れている。正社員が保証はあるがどうにでも使える万能社員、という仕組みは破たんしていることは若い人たちは十分理解している。限定正社員など日本の雇用は明らかに変化している。しかしミドルシニアの人たちからすれば、会社の言う通りにしていれば生涯の雇用と生活の保障が与えられると思ってきたのに、ここで急に言われても、ということになるだろう。会社はこの人たちに今こそキャリア自律の支援をする責任があると思う。人事権は手放したくないが雇用責任は負いきれないということは認められない。法律概念で、「支配があるところに責任が生じる」というのがあるらしい。支配をそのままに責任だけを逃れることはできない。ミドルシニアのキャリア自律支援は企業の責任と考えるべきだろう。

もう一つの国の事業が、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部が進める「プロフェッショナル人材マッチング事業」だ。こちらは今まさに検討会議の報告書が出て、2015年度からかなりの予算で、ミドルシニアの地方還流を推進することで、地方創生をしようとする取り組みだ。具体的には「IUJターン支援制度」と「プロフェッショナル人材戦略マネジャー及び戦略拠点の設置」である。前者は、国からの交付金をもとに都道府県単位で作る事業で、大手企業のミドルシニアのプロフェッショナル人材を、地域の中堅中小企業が成長戦略のために雇用する場合、最初の半年の賃金の半分程度を補てんしようという直接的な支援策だ。全国合わせるとかなりの予算規模となる。後者は、内閣府直轄事業で、各都道府県に地域の産業政策と連携して人材戦略を立案し、プロフェッショナル人材還流を推進する仕掛け人およびその活動拠点を設けようというものだ。

潜在的な地方移住志向は、年代を問わず少なくない。ただ本人ばかりでなく受け入れ側企業にとっても不確実性が高く、踏み切りにくい。それを国全体の運動として盛り上げて、マッチングを推進していこうという政策だ。送り出し側の大手企業にとって、追い出しではなく社員の幸せな人生の支援という見え方が可能になるとても良いトレンドだと思う。社内でミドルシニアのキャリア自律支援策を進めるとき、お題目ではなく実際の社外選択肢の拡大という意味で活用していただきたい。

一方でここでもマッチング上の課題が指摘されている。地方の企業で単なる人手不足対策ではなく、ポテンシャルがあり真に変革成長意欲の高い経営者の企業をどう発掘し可視化するか。また、人材側には、大企業で細分化された仕事、部下に任せる仕事ばかりやってきた場合、中堅中小企業では自分で手を動かし、状況次第であれもこれもやらないといけないこともある、という主体性柔軟性があるのかという不安だ。

それらを一歩一歩試行錯誤しながら、全国規模で産業間企業間のミドルシニアの流動性市場をどこまで確立できるかがこれからの日本の課題である。送り出し側の企業は、このようなメガトレンドも意識して、早急にミドルシニアのキャリア自律支援策を社内で進めていくことが何より求められている。

高橋 俊介



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コメント (2)

匿名:

石頭:
日本の企業の人材育成は、どうかすると内向きの形式主義的な人材育成を重んじてきたと思われるし、人材登用も実際そうであったと思うこの頃です。ボーダーレスの国際的な企業競争において、日本の多く企業は、欧米企業のみならず、中国企業との競争にも不利な戦いを強いられているところが多い言えるのではないでしょうか。そのような中で、国際的な活動を行ってきたミドル層をそのスキルを生かすために送り出す方策と言う考えは、主旨は面白いですが、OB年齢者のほうがチャレンジ精神に富み、一流企業のミドル年齢層の多くが消極的で慣例踏襲主義的な思考が多人々に接すると、受け入れ側のリスク負担が多すぎるように思う。実際に流動的な動きをする人は、自身が企業を立ち上げているような事例が多いように思う。制度整備が先か、国際ビジネスでの企業内外国人雇用者数の増大による、受動的な日本人社員の自然流動化が先かと言うと後者ではないかと思うのですが。

イッシー:

日本人は欧米と変わらないコミットメントであるということは最近の組織心理学の研究で明らかになっている。そのことからすれば今まで日本人はアベグレンの云う様な心理的サイドもあれば、そうでない部分もあるわけで、「自己礼賛」的な部分に乗ってきたホワイトカラーのキャリアプラトー化がこの現象を起こしていると自身の経験から推測する。
キャリアを貫き通すのは推進力である「モチベーション」であろう。であるなら自己のキャリアを見つめ直すときにこそ、シャインの語った「キャリアアンカー」を活用すべきかと考える。それこそトランジションであり、プラトーから抜け出す道なのかもしれない。
先生、ありがとうございます。

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