Leadership Insights / キャリア研修の研修設計について考える

キャリア研修の研修設計について考える

(2007年04月24日)

最近社員自身の能動的なキャリア構築への取り組みを目指して、キャリア研修を若手社員向けに導入する企業が増加している。私が所属する慶応大学藤沢キャンパスのキャリアリソースラボラトリーが2000年5月に創設されてから、ずっと取り組んできたキャリア自律というテーマが、社会に定着しつつあることは大変好ましいと思っている。世界の主要先進国のなかで、日本はホワイトカラーが自分自身のスキルアップのために使う時間とお金は最低レベルと言われている。変化が激しく、いつ誰の身にもキャリアショックが起こりえる時代、自分自身のキャリアについて、自分の問題として真剣に考えることが求められているのは間違いない。しかし一方で、実際に企業内で行われているキャリア研修の中身を見ると、これはちょっと違うんじゃないかと思われるものが少なくない。

端的に言うと、長期的かつ具体的なキャリア目標を職種名などで明確化させて、そこから逆算的にアクションプランを引き出そうという、いわゆる目標管理的アプローチ、ひどい場合には一生死ぬまでの計画表を書かせるという、笑うに笑えないものまである。最近は高校などでも職業意識を高める取り組みがされているが、その中でも受験する大学や学部は、その先の社会に出てからの職業選択を先に考えさせて、その職業に就くために目的合理的に志望大学や学部の決定をさせたうえで、受験勉強に励ませるというものもあるようだ。なぜ今とりあえず興味のある科目を勉強するために、その大学や学部に行ってはいけないのか、なぜその先まで考えた上で決断しなければならないのか理解に苦しむ。
前向きな姿勢ややる気は目的意識からということからすると一見合理的に見えるが、我々の過去の調査研究のデータや実感からは、明らかに矛盾する取り組みと思われる。

まずはじめに、スタンフォード大学のクランボルツ教授の、計画的偶発性理論の論文によれば、個人の意思による転職が多い米国の500人の面接調査でも、キャリアの80%は偶然の出来事によって導かれるので、重要なのは目標からの逆算ではなく、前向きで主体的なアクションの連鎖であるという。また我々キャリアラボの日本企業2400人のアンケート調査でも、自分自身のキャリアを振り返って、自分らしいキャリアを自分で切り開いてきた、今の仕事にやりがいや充実感を感じているといった答えと、常に5年後10年後のキャリア目標を意識してきたという質問の相関は正ではあるがかなり低い。むしろ自分なりの見解やポリシーを持って、主体的に仕事に取り組んでいる、具体的な見返りを想定しない人間関係への投資を行っている、スキル向上に取り組んでいるといった、日常のプロセスのあり方に関する質問が最も大きな相関を示している。

そもそもキャリアとは結婚のような日常のものであり、結婚の幸せは誰と結婚するかというマッチングより、結婚した後の相互理解やコミュニケーションなどを通じた幸せな結婚生活の構築努力次第であるように、キャリアも過度にジョブマッチングに重点を置くのは間違っている。その仕事のやり方次第では、全部ではないがかなりの仕事が天職になりえる。ジョブマッチング至上主義は自分を幸せにしてくれる青い鳥仕事探し、好きを仕事にするといった誤解を生みやすいコンセプトを流布することになる。偏狭なキャリア目標主義は、組織都合と個人のキャリア自律との相反関係をいたずらに助長するばかりで、本人の長期的なキャリアの幸福にもつながらない。

確かに上昇志向や達成志向といった内なる動機が強い人は、具体的な目標を意識することがモチベーションアップにつながるので、目標どおり行くかどうかは別として、目標を持つことはそのような人には意味がある。しかし多くの人はそんなに上昇志向や達成動機が強いわけではないし、確かに日々の仕事では1週間、3ヶ月や6ヶ月といった短期の目標達成のための目的合理的な努力が重要になることは間違いないが、キャリアのような中長期的に積み上げていくものは、目的合理的に管理可能ではないのだ。むしろ価値合理的に普段の行動を自らの見解や自分の得意技などを意識して主体的に行う結果、振り返るとできているのが、本来馬車のわだちという意味でもあるキャリアなのだ。

しかし世の中で本を出版したり雑誌などでキャリアについてコメントを求められる多くの人は、上昇達成動機の強いアントレプレナーやトップアスリートなどの特殊な人々なのだ。彼らのコメントに乗せられて自分らしくない長期の具体目標でアクションを引き出そうとしても、無理が重なるだけだし、長続きなどしない。日々の仕事や人間関係、スキル習得への取り組みの継続こそが重要だというようなキャリア研修を目指すべきだろう。

我々キャリアラボでは、5年以上にわたりそのような考え方によるキャリア研修や、個人の健全な組織内キャリア自律を支援する社内キャリアアドバイザーの養成研修を、様々な企業に提供してきた。キャリア自律調査などに興味のある方は、東洋経済新報社「キャリア論」、ソフトバンクパブリッシングの文庫本「キャリアショック」(どちらも高橋俊介著)などを参考にしてください。

さらにこのような思い込みによる稚拙な研修の設計は、キャリア自律研修に限ったことではない。経営幹部候補選抜研修、経営者養成研修などでも大きな問題が起きているように思う。実際あった話だが、ある大手企業で社内スタッフが設計したプログラムで、経営者の人間力構築のため、著名なお坊さんにお願いして説教してもらったが、評判が思わしくなかったという話を聞いた。一丁上がった著名な経営のリーダーをお呼びして、講話をいただくといった安直な発想のプログラムは数多い。著名な水泳選手の講話を聞いても、多少の参考にはなるだろうが泳ぎはうまくならない。人間力とは思考行動特性であり、それは客観的で冷静な自己理解と、それに基づく他者理解、それに基づく行動というプロセスで構築されていくのである。そのためには無意識無能状態からまず気付きで意識無能状態にし、勉強と練習と努力で意識有能状態とし、6ヶ月以上の継続で無意識有能状態に到達させるプログラムを作るのが効果的だ。yondannkai.gif


日本企業の人材育成部門では、研修プログラムの設計を行う仕事にあまりプロフェッショナリティーを求めていないような気がしてならない。例えば営業研修を設計するのに、もちろん営業現場の経験や知識、課題の深い理解は重要だが、同時に研修などで人を育成する事に関する専門的スキルなしで、決して効果的な研修は設計できない。企業は時間をかけて、外部とも連携して人材育成や研修のプロフェッショナルの育成に取り組むべきではないだろうか。


高橋 俊介



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