成員性を高めてパフォーマンスへ結びつける


前回のコラムでは目に見えないコンテクストを管理するということについて、モヒガン族の取組みを「意図せざる結果」という視点から見てみました。
しかし、コンテクストを管理するだけでは十分とは言えず、「それが一体ビジネスのパフォーマンスにどのように結びつくのか」まで踏み込まなければ、組織開発の打ち手とは言えません。そこで今回はこの問題について掘り下げて考えてみることにします。
さっそくですが、皆さんが働いている会社・組織と他の人が所属している会社・組織は何が違うのでしょうか?
「我が社は顧客第一主義」、「我が社はプロダクトアウト型企業」など様々な意見が出ると思います。しかし「顧客第一主義」や「プロダクトアウト型組織」というのは皆さんの組織に独自のものでしょうか?「顧客第一」を掲げる企業は世の中にたくさんあります。どのようなコンセプトを出したとしても、それが皆さんの企業や組織の独自性を担保するものとは必ずしも言えない場合が多いのではないでしょうか?例え独自の組織コンセプトがあったとしても、それが全員に共有されているかどうか等、別の問題も生じます。
このような問題は「組織アイデンティティ問題」として、経営学、組織論、社会心理学などの様々な立場で議論が重ねられている問題です。
この問題に対してイギリスの社会心理学者であるタイフェルは組織アイデンティティ問題について斬新なアイディアを提示します。そのアイディアを誤解を恐れずに簡単に説明すれば、日本人が他の民族と何が違うのかと聞かれた場合の回答が、「我々はイギリス人でもアメリカ人でもインド人でもなく、日本人だから日本人なのだ。」となるような考え方です。
このアイディアのメッセージは、
「集団の基礎となっているのは、自分たちの集団と自分たち以外の集団を区別する『成員性の認知』=自分が特定の集団のメンバーであって、他の集団のメンバーではないという自己認識それ自体であって、共有価値や目標、メンバー間の相互依存性や魅力などの要因はそれほど意味を持たない」
という、これまでの組織アイデンティティ論にとっては非常に挑戦的ともいえるものです。
タイフェルの行った実験によって、共有価値よりもむしろこの「成員性の認知」の方が集団形成にとっては重要であること、さらに議論が進んで、どんなに共有価値を声高に叫んでも「成員性の認知」に結びつかない限りは意味を成さないということが分かってきました。実際のマネジメントや人材育成の場面ではこの共有価値と成員性の認知のバランスを取ることが重要であるということです。
(一時期、リーダーシップ向上のために人間力を高めるといったトレーニング内容がブームになったことがありますが、この人間力も成員性の認知につながらない限りは集団形成には寄与しないことになります。)
成員性の認知が組織アイデンティティとパフォーマンスに及ぼす影響を確認した実験についてご紹介します。この実験で設定された条件は以下の4つになります。
A.個人条件:個人で課題解決の訓練を受けた後に、見知らぬ他者と課題解決を行う
B.チームビルディング条件:個人で課題解決の訓練を受けた後、チームビルディングの訓練も受けた上で、課題を解決する
C.再配置条件:チームで課題解決の訓練を受けた後、全く別のメンバーからなるチームに参加して課題解決を行う
D.集団条件:チームで課題の訓練を受けた後、同じチームで課題解決を行う
さて、実験の結果、どの条件のものが最も組織アイデンティティとパフォーマンスが高かったでしょうか?組織アイデンティティとパフォーマンスが高かった順番に並べてみると
D→B→A→C
となりました。
この実験結果が示唆するものは、
①課題とは無縁な集団性を強調しても組織アイデンティティはそれなりに向上するかもしれないが、パフォーマンスは上がらない
②せっかく集団での課題解決訓練を行っても、それを受けた人をまったく別の集団に再配置してしまえば共通体験=集団記憶が喪失され、組織アイデンティティもパフォーマンスも上がらない
ということです。
モヒガン族が実施している基本理念とコア・バリューのトレーニングでは、成員性の認知を高めるために通常現場で形成されているクロスファンクショナルなチームが一緒にトレーニングを受けて課題解決のエクササイズをこなし、共通言語と共通体験を獲得して現場へ帰っていきます。もちろんシフトの関係なども有り、100%それが実現されている訳ではないということでしたが、かなり意識してグルーピングをしているそうです。
この受講形態の工夫による基本理念の共有と成員性の向上は、Off-JTの有り方に一石を投じています。人材育成とパフォーマンスを結びつけるということは、今後の人材開発・組織開発担当者に突きつけられている大きな課題の一つです。
しかし、モヒガン族のトレーニング上の工夫はこれにとどまりません。
さらに成員性を高めるためのもう一つの工夫がなされています。それは組織アイデンティティに加えて、競争(競合)意識というコンテクストを入れることです。
成員性と競争意識の関係については以下の有名な実験があります。この実験では集団のアイデンティティを高めるために、チームに名前をつけさせ、制服を与えるという条件を付与してあり、競争というコンテクストの有無を条件として設定してあります。
実験の結果は以下の順番になりました。
(1)高い組織アイデンティティ×競争意識有り(組織アイデンティティが高く、かつパフォーマンスが良い)
(2)低い組織アイデンティティ×競争意識有り
(3)低い組織アイデンティティ×競争意識無し
(4)高い組織アイデンティティ×競争意識無し(組織アイデンティティが低く、かつパフォーマンスが悪い)
驚くべきは競争意識がないところで組織アイデンティティばかりを強調した集団が悲惨な結果を示しているところにあります。その組織の「らしさ」がコンテクストと結びつかずに意味のないものとして捉えられてしまった結果、士気が下がりパフォーマンスが低下したと見ることが可能です。
モヒガン族のトレーニングでは「競合とのパフォーマンス比較データ」が強調されて登場します。これは社員にシェアされており、直近のデータが示され、「市場そのものはサブプライム問題などもあり8%のマイナスであったが、その中で競合は15%のマイナスを記録している。しかし我々は1%のマイナスにとどまっており、なおかつ市場のシェアも拡大し
ている。」というメッセージが出されています。ちなみに競合はfox woodsという企業だそうで、競合という概念レベルではなく、具体的に固有名詞であげられています。皆さんの会社では、自社の組織アイデンティティばかりを強調したトレーニングであったり、通常のマネジメントであったりしていないでしょうか?具体的に「競争」というコンテクストがトレーニングや普段の現場の活動に埋め込まれているでしょうか?
400年の歴史を持ち、多様な人材を外部から採用しても一族の基本理念とコア・バリューを維持し続けるために成員性の認知を高めトレーニングに工夫を凝らし続けるモヒガン族の取組みから人材育成担当者が学べることは多くあると思います。
参考文献: 佐藤 郁哉, 山田 真茂留 『制度と文化―組織を動かす見えない力』 日本経済新聞社 (2004年)
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