コンテクストを管理してパフォーマンスにつなげる


前回のコラムにて、これまでの人材開発の担当者の役割が変化し、より「組織開発」といった幅広い役割を担うことが求められているということを提示しました。
その中の具体的な要素として、企業文化などの「目に見えないコンテクスト」を管理していき、パフォーマンス向上につなげるための施策を考え実行することを挙げています。しかし、「コンテクストを管理する」と言っても、今までの人材開発担当者の役割が全て変わってしまうということではありません。自社のパフォーマンスを上げるためのコンテクストを明らかにし、そのコンテクストに基づいたトレーニングコンテンツを作っていくということでも組織開発への一歩を踏み出すことができます。
今回は、組織の基本理念という「見えないコンテクスト」を管理し、それを現場で実現するためのコンテンツを創って企業文化をマネジメントし、最終的にビジネスのパフォーマンスを向上させている企業の事例をご紹介致します。
その企業は、96年に開業したカジノ、ホテル&スパ、レストランなどのサービスを提供するエンターテイメント事業を行っているモヒガン・サン(http://www.mohegansun.com/)という会社です。現在、売上高1,700億、年間来客数1,200万人になるまで成長しており、この成長を10,000人弱の従業員が支えています。(成長はさらに続いており、現在でも新しい施設の建設を計画しています。)サービスの品質が高いことに定評があり、リピーターも多いそうです。
96年開業と聞くと企業としての歴史が浅く、企業文化が発展途上なのでは?と思われる読者の方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこの企業を運営しているのはアメリカで400年以上の歴史を持つネイティブアメリカンのモヒガン族(紛らわしいですが、「モヒカン族」ではありません)です。
具体的な取組み内容に入る前に少しモヒガン族についてご紹介します。
モヒガン族は400年以上アメリカで平和に暮らしてきました。しかし入植者の増加により、もともと住んでいた土地を侵食されていきます。モヒガン族の基本理念は「フレンドシップ」であり、入植者と争うよりも対話を繰り返して生存の道を探すという選択をしました。しかし、残念ながら対話は実らず、住んでいた土地を追いやられ先祖の墓を破壊されるなどの結末を迎えることになりますが、それでも「フレンドシップ」の基本理念は消えませんでした。基本理念(Spirit=Aquai:モヒガン族の言葉でアクウェイと言います)を保持しつつも変わり行く時代と環境に融合するために新しい生き方を模索した結果がカジノを中心とするエンターテイメントビジネスでした。このビジネス領域であれば、モヒガン族の「フレンドシップ」という理念が最も発揮されると考えたからです。
ビジネス開始の当初はモヒガン族の子孫だけで経営が行われていましたが、規模が拡大するにつれてモヒガン族だけではなく、外部から人材を採用する必要が出てきました。外部からの人材は当然モヒガン族以外の人々ですので、高いサービス品質を維持して成長を持続するためには、一族の基本理念の共有が重要課題になります。モヒガン族のビジネスの根幹にもなっている基本理念の共有ができなければ、当然パフォーマンスが落ちる事が予想されます。そのリスクを回避し、持続的な成長を実現するために、外部から採用する人材にも分かるような基本理念をベースとした4つのコア・バリューを作りました。
1、Blowing Away the Customer:顧客を感動で圧倒する
2、Developing Passionate and Dedicated Employees:情熱を持った献身的な人材の育成
3、Continuously Striving for Perfection:完璧さの絶えざる追求
4、Bottom Line Performance:現場の第一線でのパフォーマンス向上
基本理念がWhatであるとすればコア・バリューはWhat実現のためのHowにあたります。Howはさらに行動レベルまで分解され、「相互の尊敬」や「協力」、「関係構築」などにブレイクダウンされます。そして全社員を対象とした研修ではこの「相互の尊敬」などの要素を体験するための研修(協力関係を築いて課題を解決するエクササイズなど)が実施されています。
ここまで聞くと、「それは我が社でも実施している」と感じられる方もいらっしゃるかもしれません。たしかにここ数年でチームビルディングやコーチングなどのいわゆるヒューマンスキルと呼ばれる研修は増加しました。しかし、それが自社のパフォーマンスを上げるためのコンテクストの全体像を設計し、自社の理念にどう結びついているのか、コア・バリューとどのように結びつくのかまで体系化して実施している例は残念ながら少数と言えます。
一見当たり前に見えるこの取組みが、自社のパフォーマンスの維持・向上に結びつけるための「目に見えないコンテクストを管理する」ということと、どのようにつながるのかについて「意図せざる結果」というフレームワークを使って整理してみましょう。
ビジネスの現場では何らかの意図(ビジョンや戦略)があって結果が出ます。この場合、意図通りの結果が生じれば問題なしということがいえますが、意図通りの結果が生じなかった場合は、何が原因であったのか?について人間は内省を開始し失敗を繰り返さないようにします。
ここで問題になるのは、意図通りの結果が生じた場合人間は結果だけを見て満足してしまう場合があり、改善と成長へ向けた内省プロセスが生じにくいということと、意図通りの結果が生じる場合にも実は「意図せざる結果」が生じるパターンがあることです。「目に見えないコンテクストを管理する」ことが要求される人材・組織開発担当者は、この点を考えることが重要になってきます。
まず各パターンを整理してみましょう。
パターン-1:意図通りの結果が生じた場合→意図通りの結果:意図通りなので問題ない
パターン-2:意図通りの結果が生じなかった場合→何が問題であったのかについて内省が始まる
パターン-3:意図通りの結果が、「意図していなかったプロセスで」生じた場合
パターン-4:意図通りの結果と「意図していなかった結果」が生じた場合
この中で、パターン-3とパターン-4においては「意図していた結果」が生じていますので、「内省」のプロセスが起こりにくくなります。基本理念とコア・バリューを維持してパフォーマンスに結び付けていくためにはこれらのパターンも考慮に入れたコンテクストマネジメントが重要になってきます。モヒガン・サンの場合、このパターン-3とパターン-4を意図的に管理しているのです。
まずパターン-3ですが、モヒガン族が直
面している課題はモヒガン族ではない外部からやってきた人材にも基本理念とコア・バリューを共有できるようにするということです。基本理念やコア・バリューは目に見えないものですので、いくら口頭で説明しても実際に腹オチ感を持って自らの行動に取り込んでいくことは困難です。そこで教室で座って理念やコア・バリューについての説明を受けるのではなく、実際に体験することで共有を図ります。なおかつ体験するプロセスは入念に作りこまれています。人材開発担当はコア・バリューが現場で発揮される場面(=プロセス=コンテクスト)を入念に調べ上げ、シナリオを作りこんだうえで研修の中のエクササイズが設計され実施します。チームビルディング一つにしても「なぜそれが必要か」、「現場のどこで活用できるのか」、「活用しないとどのようなデメリットがあるのか」を感じ取れる体験型のエクササイズが準備されています。このコア・バリュー体験のプロセスを踏むことでコア・バリューの理解と浸透、そしてその先にある基本理念の共有が図られています。このコンテンツを作りこむためには人材開発担当者がパフォーマンスを上げるための全体のコンテクストを理解し、現場に寄っていき、現場のコンテクストを理解して両者の整合性をとることが不可欠です。
またパターン-4についてですが、実際に生じている「意図せざる結果」として「離職率の低下」があります。この離職率低下についても、現場に対する徹底した追跡調査によって、それが本当にコア・バリューを実現した結果なのかどうかを確認し、結果とコア・バリューを紐付けていくということを継続しています。(コア・バリューと紐付けられたものについてはバランススコアカードに記載され、今後のコンテクストマネジメントの対象になります。)何か意図していなかった結果が出ていても、それが何によって生じているのかを追跡し、コア・バリューと結びつけることで、コンテクストの管理を徹底的に実行しているのです。
自社のビジネスのパフォーマンスの源泉を明らかにし、それが実現されるまでのコンテクストを意図的にかつ徹底的に管理する。これがモヒガン・サンという企業において実施されているコンテクストマネジメントです。しかし、「本当にそんなに上手く話が進むのか?」と疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。「理念や価値観の共有はそんなに簡単にはいかない!」というご意見もおありかと思います。それを解き明かすキーワードは「成員性の認知」になりますが、これについては次回のコラムで書かせていただきます。
参考文献:
『行為の経営学 経営学における意図せざる結果の探求』(2000年) 沼上幹 白桃書房
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