一緒に笑い合って逆境を乗り越えるチームを作る


- 出口恭子氏
ヤンセンファーマ株式会社
マーケティング本部副本部長 出口恭子(でぐちきょうこ)氏プロフィール:東京大学卒業後、ベイン・アンド・カンパニーに入社。1995年ハーバード大学大学院にて経営学修士修了後、ディズニー・ストアに入社。新規事業部門、購買部、経営企画部門を歴任し、GEプラスチックのCFOを経てジョンソン・エンド・ジョンソンに移籍。アメリカ本社、オーストラリアでの営業・事業部長経験を経て、2007年1月より現職。*ヤンセンファーマはジョンソン・エンド・ジョンソングループの医薬品事業の日本法人
「使命」に訴える |
そうですね…ボロも一杯あり、成果以上に失敗もあるのですが。
私は、等身大にまっすぐに、愚直にしか物事を進められないので、誠心誠意、「何をする為にその事業をしているのか?」とか「何の為に仕事をしているのか?」という原点に立ち返るようにしています。そういう姿勢に共感しない人はいないように思います。どんな業界にいても会社としての‘使命’はあるわけですよね。今の業界であれば、患者さんの命を救うという尊い仕事に携わらせて頂いている、その原点がありますし。ディズニー(ストア)にいた頃は、エンターテイメントを通じて人に夢と笑いと希望を与えるという使命を持ってみんな集まっているわけですから。みんな多かれ少なかれそういう気持ちを持って会社に入ってきているので、その‘心の原点’に訴えるものがもしかしたらあるのかもしれませんね。
私は常に新しい業界、違う業界をやりたいと考えて転職をしてきたので、当然(その業界に)長く席を置かれている方の持つような知識とか経験とかを持たないところから入ります。ですので、自分は知っている、というスタンスは取らないですね。取らない、どころか取りようがないんです。周りにいるチームの力を借り、教えを請いながらそのアイディアを使って、我々の使命、原点に立ち返ってより良いものを作っていこう、そういうオーケストレーションをずっとしてきたと思います。結局そうすると、個々人が、優れた考えや、良い知恵を持っていたりするので、それをうまく引き出せればと思っていますし、今までも、チームがあっと思うような良いアイディアを出して、土壇場を凌いだことが何度もありました。
私自身の力、というのはほとんどなくて、あるとしたら触媒みたいな力でしょうか。
実はどこの会社でも言われているんですけど、「出口さんと一緒に仕事をしていると、能天気な、常に前を向いているその姿勢にいつの間にか引っ張られて、非常に苦境に立たされていたはずなのに、気が付いたら逆境を乗り切っていました」って。逆境に置かれた時期のGE(のメンバー)からもそういうコメントを頂きました。あまり大した取り柄じゃなくてすいません。
逆境を笑い合って乗り越える |
逆境を乗り越える時に、日本の方って、人生の捉え方がすごく真面目な方が多いのか、苦しい時に「気合いだ」「根性だ」とかね。うちの会社でもそういう風土は…多少なりともありますが、私自身、外国ボケしているせいかよくわからなくて(笑)。久々に日本に帰ってきて、「気合いって…何ですか?」「気合いって英語には無いのですが」って上司に聞き、「日本の会社でそんな事、聞くな!」とお説教された記憶があります(笑)。精神論を突き詰めて、苦しい時でも耐え難きを耐え忍び、ってあるじゃないですか。海外だと、そういうことを笑いに変えて、逆境を笑い飛ばして乗り越え、人生笑ってナンボだ、っていうスタンスが結構強いように思います。私もそういう感覚を持っています。
これは前の会社のGEであったんですけど、毎年、対前年で2割カットという非常に厳しいコスト削減の通達が降りたのです。最初の年は2割位は行くんですけど、翌年はその下がった分から、また2割減のターゲットなので、段々カツカツになりますよね。で、2年目に入った時に、どうしよう、もう糊代はないし…どうやってコスト低減をしようかっていう時に、製造現場から出たアイディアで、「じゃあコンペ形式にしよう!」ということになり、いろんな人のアイディアを集めました。例えば、変な話ですけども、トイレに巻尺を置いておいてトイレットペーパーを測って15センチまでの使用とか(笑)、軍手とかも洗う時は家の洗濯機を使用とか。そういうのをコンペでやっていたら、面白くてみんな盛り上がりました。キツイ中でも「XX工場、15センチのトイレットペーパーの記録、35日目に入りました!」(笑)なんて報告が上がって、経営会議でそれをちょっと出して「それぐらいみんな頑張ってるから、我々もしっかり売りを立てられるように態勢を整えて、皆で乗り切ろう!!」って事になったんです。
今の会社でもそれをやっています。私がやっているガン治療薬の分野でも非常に苦しい時期がありました。ただ、そういうスタンスで取り組んでいると、ちょっとでも良いことがあったりすると、苦しい中で少し光が見えて「これだよ、これ!これをあと…150回やれば、何とかなるよね(笑)」と言いながら、お互い励まし合ってきました。
そういうチーム作りができるよう、努力しています。社内の雰囲気が変わりますし、やっぱりそういう中でやるのは楽しい。自分自身、楽しくないと仕事も、何もやれませんのでね。逆境であればあるほど、ちょっとしたことで笑ってワッとみんなで盛り上がって、「この先、なんか見えてくるよね」って。
そうですね。あまり生真面目に捉えてしまうと、負のスパイラルに入りやすいように思いますね。どこの部門が責任を果たしてない、とか。でもそんな事を言って患者さんの命が救えるのか?そうじゃないですよね。もちろん、部門間で責任を問うたり、応酬合戦になることはあります。ですが、「私たちの本当の使命は何?そこにもう一度立ち返ろう」っていう発言を誰かがするとほとんどの場合、「そうだったよな。ちょっとこの点にひっかかったんだ。悪い」と建設的な方向に議論が収束していきます。根が悪い人はいませんし、みんなやっぱり原点・姿勢は一緒です。本来やりたい事があって、その会社に来ているはずですし。というか、それをどうやって引き出すか、というところですかね。だから、楽しいですよ。
「おかしい」とか「変えなくちゃ」「相手を何とかしよう」という、そういった気負いは私自身はあまり無いです。自分がどうやっても変えられない事に対して、憤っても又、卑屈になっても、何も変わらないわけですもの。人間である以上、良し悪し両方あるわけですよね。プラスもあればマイナスもある。人の事を言う前に自分を見たら欠点だってイヤと言うほどあるわけじゃないですか。お互いの欠点を声高に言うよりも、その中で何が出来るか、その中でプラスもいっぱいある事を、それをどう活かそうか?って、そういう発想にしたらどうかな?って思っているんです。
価値観・常識は人それぞれ |
ハーバードにいた10年前、その時に「あれ?」と思うきっかけはありました。それまでは世の中の常識は世界共通だと思っていたんですけども、そんな常識すらも通用しない世界があるんだと思った一つのきっかけがあったんです。

期末試験の勉強をしている時のことです。競争の激しい大学院でしたのでみんな熱心に勉強しましたし、私も徹夜覚悟でパソコンと向き合っていました。私も含めて多くが貧乏学生でしたから夏の暑い時期にクーラーも扇風機も買えずに、仕方なくみんな窓を開けて勉強をしていたんです。その時に、ものすごい大音響で音楽が聞こえてきたんですね。みんなタコ部屋みたいな所にいるわけですから、そんなのがどこかの部屋から流れてきたら、とてもじゃないけど集中出来ません。最初はみんな我慢していたんですけど、そのうちに窓越しに怒鳴りあいになって。そしたら、大音響で音楽をかけていたその人が、確かラテン系の男性だったように思いますが、ものすごい剣幕で言ったんですよ。「うちの国ではオペラというのは非常に神聖な音楽だ」「みんなが殺気立っている試験の前夜に、神聖な音楽を聞かせてあげてるんだ。タダで」(笑)「好意なんだ、ありがたいと思ってくれ!!」
その人が大声で怒鳴った時に、「へっ、そういう価値観もあるのか。およそ常識というのも国が違えば違うのかな。これは何でもありだな。」と思いました。「ああ、世界に出てビジネスをするということは、『あの人、変』などと言っているんじゃなくて、そういう人たちとも対等に話をして一緒に何かを作ったり、交渉したり、っていう事を学ばないといけないんだな」と思ったんです。それまでは自分の価値観にこだわったり、杓子定規に物を考えたりする傾向があったんですけれども、これじゃイカンなと。大学院の2年間の間に大きく変わりました。
(留学時の経験から)一つの会社に留まることなく、色んな業種を出来るだけ経験して実務に入って行きたいという思いを強くして日本に戻ってきて、ライン業務をやるためにディズニーに入りました。ライン業務というのはやはり複数の部署が一緒に動いて初めてビジネスとして成立していくので、それぞれの部署がどういう機能をしているのかを知りたいな、と思って3つの部署を回らせてもらいました。幾つか経験させていただいたんですが、やはり満足できなくて「こういう形で幾つも部門を回っていても、結局全体像をみるポジションというのはそんなにないでしょう。私は事業全体を見る仕事がしたい」と社長に言ったら、「事業全体を見る仕事、と言ったら社長の仕事だ。で、それは俺だ」「はい、わかりました」(笑)という感じでしたが。
私は自分が車輪の一つのスポークで終わりたくはない、という気持ちがあるんです。まあ、スポークで終わってもいいんですけど、少なくとも自分がやっていることの意義は理解しておきたいという意識が常にあります。自分がやっている仕事が、企業なり事業なりの何をしているのか?という位置づけは理解したい。全体像を見ていると、その中で今やっている仕事にはどれ位の意味があるのか?、優先順位が高いのか?低いのか?という事が分かって、そうすると自分が会社にとってどういう貢献をしているかというのが分かるように思います。ただ言われたままに「これをこうしなさい」って言われてやるだけだと、ちょっと落ち着かないです。例えば、今の仕事は患者さんの命を左右するわけで、もっと早くに薬が出ていれば救えたはずの患者さんがいたのに…という非常に切実なお話を聞く中で、その為には自分が何をすべきか、って考えるにはやっぱり全体像を見て、動きたいですよね。
えてして、リーダー像というと「リーダーはこうあるべき」であるとか「強いリーダーシップ」という話が多いと思うんです。特にGEにいた時には、ジャック・ウェルチと直に話をする機会も稀にあって、「なるほど、すごい。“これで行く”と決めたら36万人を引っ張って力づくで行くやり方もあるのか」と感動もしました。ですが、私自身、思うのは、リーダーだからこうあるべしという考え方自体を捨てたらどうかな、ということです。人の上に立つからこうあるべし、とか、強くなくちゃいけない、なんていうことはなくて。リーダーだって所詮ひとりの人間じゃないですか。弱さもあれば強さもあるし、面白いところや面白くないところもある。ひとりの人間で大きな会社の方向性を全部引っ張っていく事が出来ると考える事自体がおこがましい、とも思っています。そうじゃなくて、自分はたまたまそういう役割はあるけれども、本当に会社を支える、事業を伸ばしてくれているのは、社員一人一人であり、それを支えるお客様である、という事を忘れずに、その人たちから学び続けるというあり方ですよね。その人達からいかに、考え方とか姿勢であるとか、ニーズを汲み取ったり教えてもらったりし、その集大成として会社の方向性が決まっていく、ということでも充分に企業の価値は出せるように思います。私はそんな‘凡人’リーダーでありたいと思います。だから「うちのリーダーは、かっこいいんです。すごいんです、カリスマ的です」と言われるようなリーダーには自分自身なりたいとは思いません。むしろ、「あの人なにかトボけていたりしょっちゅうポカもやるんだけど、やっぱりあの人がいると力を出しちゃうよね。でも会社を回しているのはホントは僕らなんだ」と、社員の人たちが大手を振って言える、そういう環境を私自身は作りたい。その人たち一人一人が最大限力を出してきて、強く結集したものを企業価値として出せる、そんな役割が自分なんだ。そういう姿勢を持ち続けたいと思います。
※出口氏の肩書きはインタビュー時のものです。
■インタビューを終えて
小柄で可愛らしい印象の出口さん。どこにそれだけのエネルギーがあるのか!と思えるほど、エネルギッシュで様々な事に好奇心を持って人生を楽しんでいらっしゃる姿が非常に印象的でした。何より、その真摯で前向きな姿勢が、チームを同じビジョンに向かって一致団結させる求心力となっているのではないかと感じました。(リーダーシップインサイト編集担当)
■関連用語
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