サンタクロースとWeb2.0


12月の風物詩といえば、なんといってもやはりクリスマスでしょう。街角にはオーナメント煌びやかなクリスマスツリー、舗道で笑顔を振りまくサンタクロース、やがて夜の帳とともに街路樹のイルミネーションが街行く人々をロマンティックなムードに誘います。
考えてみると、クリスマスほど世界中に広まった行事も類を見ません。クリスマスの由来は諸説あるようですが、古代ローマで冬至の日に行われていた「太陽神の誕生祭」や「農耕神への収穫祭」が、後にイエス・キリストの生誕祭と結びつきクリスマスになったというのが通説のようです。紀元前ヨーロッパのローマで厳かに営まれていた宗教的祭典が、二千数百年の時を越え、21世紀の今も世界の国々で祝われています。
一方話は変わりますが、「今世界中で最もポピュラーなものは何ですか?」と尋ねられたら、多くの人がインターネットを思い浮かべるのではないでしょうか。UNCTAD(国連貿易開発会議)が11月16日に発表した2006年版情報経済報告によると、世界のインターネット利用者は2005年の時点で10億人を超えたそうです。現在の世界の人口は約70億人ですから、実に7人に1人がインターネットを利用している計算になります。インターネットの歴史は1969年、米国国防省が「ソ連の核攻撃を受けても寸断されないネットワーク」を作るために開発したネットワークARPANET(アーパネット)に始まるとされています。軍事目的に開発された技術が40年弱の歳月を経た今日、国境を超えて企業や個人の様々な情報交換や商取引に活用されています。
クリスマスとインターネット、この二つには直接的には何の関係もありません。しかしどちらも、誰が強制した訳でもないのに全世界の人々に圧倒的に支持され、デファクトスタンダード(事実上の標準)の座を勝ち取ったという点では驚嘆に値します。クリスマスの歴史は二千数百年、インターネットはまだ40年足らずと時間軸の違いはあるものの、世界のデファクトに達した道程には何か共通性があるのではないでしょうか?そこで本コラムでは、デファクトスタンダードとしてのクリスマスとインターネットの共通点を分析してみたいと思います。
第一の共通点は、「異質(ヘテロ)の取り込み」です。まずはクリスマスの歴史から見ていきましょう。すでに述べた通り、クリスマスの起源は古代ローマの宗教とキリスト教の儀式が結びついたことに始まるとされます。ローマ帝国の為政者(=コンスタンティヌス帝)と当時のキリスト教の指導者は、太陽神や農耕神を信ずる異教徒との対立や摩擦をたくみに避けてキリスト教を広めるために、キリストの聖誕祭を太陽神・農耕神の誕生日である冬至の日(=12月25日)に敢えて一致させました。これによりローマ帝国の国教はキリスト教に統一されていきます。
やがて時は下り、舞台は19世紀のアメリカに移ります。独立戦争に勝利したアメリカは1804年、マンハッタン島にニューヨーク歴史協会を創設します。マンハッタンは元々オランダ人の入植地で、入植当時はオランダの首都アムステルダムにちなんで、ニュー・アムステルダムと呼ばれていました。その後イギリス人が入植し、ニュー・アムステルダムからニューヨークへと改名されました。こうした歴史的経緯への配慮から、ニューヨーク歴史協会の設立に当たって、オランダとイギリス両国からの象徴的存在を取り込む戦略が取られたのです。オランダからはアムステルダムの守護聖人であり学問の守護聖人であったセント・ニコラス、一方イギリスからはファーザー・クリスマス(プレゼントを配るおじいさんで、起源は農耕の神サトゥルヌス) が選定され、ニューヨーク歴史協会の守護聖人に定められます。かくして、セント・ニコラス(後のサンタクロース)=プレゼントを配るおじいさんというイメージが形成されたのです。その後1822年12月23日に、米コロンビア大学の神学教授であったクレメント・クラーク・ムーアが、病に苦しむ娘のために「聖ニコラウスの訪問(邦題:「クリスマスのまえのばん」)」という詩を書き大評判になります。これによりサンタクロースを祝う日が、元々の聖ニコラスの祝日だった12月6日からクリスマスイブの12月24日に移動し、クリスマス(=キリストの生誕祭)とサンタクロース(=子供たちにプレゼントを配るおじさん)が融合した現在のクリスマスの原型が誕生します。このように見てくると、今日のクリスマスが生まれる過程で、古代ローマ宗教とキリスト教、オランダのセント・ニコラスとイギリスのファーザー・クリスマス、さらにクリスマスとサンタクロースという異文化の取り込み・融合が繰り返されてきたことが明らかです。
さて一方インターネットの歴史に目を転じると、やはり同様の変貌があったことに気づかされます。すでに述べた通りインターネットの起源はアーパネットと呼ばれる通信ネットワークで、ソ連との核戦争を恐れた米国防省が推進した軍事技術です。当初のアーパネットは、国防省の研究プロジェクトの受託先であったUCLA ネットワーク計測センター、スタンフォード研究所 (SRI)、UCサンタバーバラ、 ユタ大学の4箇所を接続しました。その後アーパネットは1980年代に再編されNSFネットに受け継がれることになります。NSFネットは、NSF(National Science Foundation、米国国立科学財団)が学術研究支援を目的として1986年に開始したネットワークで、 当初は5大学/6ヶ所のスーパーコンピュータセンターを結びました。やがてNSFネットがバックボーンとなり、地域の様々なネットワーク(LAN)が接続されていったことでインターネットの原型が誕生します。やがて1980年代後半になると、コンピュータ利用の普及に伴って異機種間の情報交換の必要性が増大し、民間企業でもインターネット利用を行う要望が高くなります。こうした社会的背景から1990年、それまで学術研究用に用途が限定されていたNSTネットの商用利用が解禁されます。このように見てくると、当初軍事利用のために考案したアーパネットが、次には研究者の学術研究ネットワークに転用され、さらには個人や民間企業の商用ネットワークへと進化したインターネットの歴史は、異文化を果敢に取り込んで発展してきたクリスマスの歴史と多分に重なります。
第二の共通点として挙げたいのは、「商業主義(コマーシャリズム)の流入」です。今日の社会においてクリスマスが、ずば抜けてメジャーなイベントの座を射止めたのは、誕生当初の宗教儀式としての色彩を限りなく弱め、人々の消費意欲を刺激する一大エンタテイメントに変貌したことと無縁ではありません。クリスマスケーキ、クリスマスプレゼント、クリスマスパーティなど、クリスマスには消費意欲を掻き立てる要素が満載です。デパートや専門店、レストラン、ホテルなどの小売産業にとって、クリスマスを頂点とする年末は最高の売り時です。また余談ですが、サンタクロースが現在のような衣装を纏うようになったのは、1931年にコカ・コーラ社が自社のコーポレートカラーである赤と白に合ったサンタクロースを宣伝キャラクターとして起用したことにあるそうです。こうした商業主義の流入が、クリスマスをグローバルスタンダードの座に押し上げる上での強力な推進力になったと考えられます。
さて一方インターネットも、商業主義の流入が爆発的な普及に繋がりました。商業化への第一歩はWorld-Wide Webの誕生です。1991年、CERN(欧州原子核研究機構)に勤務する科学者ティム・バーナーズ・リーが 、インターネット上の膨大な情報を自在に関連付けて表示、送受信するための仕組みWorld-Wide Web (WWW) を発明します。 さらに1993年、イリノイ大学の学生だったマーク・アンドリーセンらが、WWW上に存在するテキストやマルチメディアデータ(画像や音声)を簡便に表示できるソフト “モザイク”を開発します。その後モザイクの技術はNetScapeやウィンドウズのInternet Explorerなどウェブブラウザとして発展し、インターネットが一般ユーザーに広まっていく上での強力な技術基盤となります。1990年からすでにインターネットの商業利用が解禁されていましたが、ウェブブラウザの発明によって初めて、画像や音声付ホームページの作成・閲覧が容易になり、写真やイラスト、ビデオや映画を有償でネット配信する、あるいは様々な商品をホームページ上に陳列して販売することが可能になったのです。このように見てくるとクリスマスもインターネットのいずれも、商業主義の流入が一般の人たちへの普及の起爆剤となったことが明らかです。
さていよいよ最後の共通点ですが、「オープンソースとマッシュアップ」を挙げたいと思います。オープンソースというのは、ある人が開発したソフトウエア(ソースコード)を他の人が自由に利用したり書き換えたり出来る環境を意味します。例えば、パソコンやサーバーのOS市場を独占するマイクロソフトの牙城を切り崩すことを狙って誕生したリナックスは、オープンソースの代表格です。インターネット上には、世界中の誰もが無償でコピーし利用できるフリーウエアなど、オープンソース系のソフトが大量に存在しています。一方クリスマスの方はどうでしょうか?考えてみれば、クリスマス当日にサンタクロースが世界の国々に同時に出没して子供たちにプレゼントを配れるのは、世界中でサンタクロースの複製(コピー)が許されているせいです。しかも無償です。クリスマスの長い歴史の中で、サンタクロースがオープンソース化したと見ることができます(仮にサンタクロースの著作権者(の子孫)が判明したとしても、ライセンス料を徴収できる期間はすでに切れているとは思いますが)。こう見ると、オープンソース思想がクリスマスの全世界的な普及に大いに貢献していると考えられます。
次にマッシュアップですが、この言葉は元々音楽用語で「2曲以上の曲をまぜ合わせて1つの曲を合成する」音楽製作手法の一つです。これが転じてインターネット用語になり、「複数のソフトやコンテンツを組み合わせて、新たなウェブサービスを生成する」ことを意味するようになりました。インターネットが第二の進化ステージ(=Web2.0)に移行している現在、マッシュアップは最先端のプログラム生成手法として注目されています。音楽の場合には、複数の原曲の著作権が複雑に絡み合うため、マッシュアップで作られた曲は著作権上違法であることが多くアングラ的存在ですが、ネット上のソフトやコンテンツはオープンソース化しているものが多いため、それらをマッシュアップして生成された新作品には違法性がありません。例えば世界トップの検索エンジン企業グーグルが提供するGoogle Earthは、マッシュアップに盛んに利用されています。さてそれでは、クリスマスの方にもマッシュアップはあるのでしょうか?もちろんです。特にサンタクロースはマッシュアップの宝庫です。例えば、12月に真夏を迎える南半球の国オーストラリアでは、サンタクロースはサーフボードに乗ってやってきます(図1)。またロシアでは、サンタクロースはマトリョーシカ(ロシアの伝統的な人形)になっていたりします(図2)。
(図1)
(図2)
二千数百年の時を越えて今なおデファクトであり続けるクリスマスと、わずか40年足らずでデファクトの座に上り詰めたインターネット。必要とした歳月に大きな違いこそあれ、デファクトへの道程にかくも共通性があるというのは興味深いことではないでしょうか。
それでは皆さん、よいクリスマスを。
出所:(図1)http://allabout.co.jp/travel/travelaustralia/closeup/CU20031219/index.htm?FM
(図2)http://www.russian-zakka.com/mato/ma-045.html
高井 正美
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デファクトスタンダード