コンペティティブ インテリジェンスを応用した人事戦略策定術


インヴィニオでは一昨年より戦略立案のプロセスにコンペティティブ インテリジェンス(CI)を導入した。
CIとはCompetitive Intelligenceの略で、詳細な説明は割愛するが、要するに、他社の戦略を研究することを通じて、自社戦略に磨きをかけようというアプローチである。米国のCIAなどで働いていた人たちの一部が、自分たちのノウハウをビジネスの世界に活かそうということで、敵国に関する情報収集のノウハウを競合分析の手法として再整理し体系化してきた。
競争相手が親切に自分たちの情報を教えてくれたりすることはないので、文献サーチはもとより、見本市会場での情報収集や、特許などの分析、退職者からの情報収集なども含めて、とにかくいろいろな場面で断片的でもよいから情報を収集し、積み上げ整理していって競合の全体像を知ろうというアプローチである。
「競争戦略の本質は差異化である」、というのはマイケル・E・ポーターの有名な言葉だが、そうであるとするなら、他社の戦略を研究してしまって、自社の戦略を構築する際に、どこでどのように差異化するのが有効かを考えようというわけである。
先日、この手法を人事戦略の立案に応用できるのではと考えて、企業の人事部門の方に集まっていただいて勉強会を開いた。
CIの代表的な分析手法に4コーナー分析というのがあり、競合企業のDriver、Assumption、Capability、Strategyに関する情報を収集し分析する。
Driverとはその企業の社員をドライブしている要因で、たとえば、その企業が掲げているビジョン、中長期目標、社長の信条、夢などが挙げられる。社長の談話やIR資料などを読み込むと、Driverに関する情報は得やすい。Assumptionというのは、戦略を考える際に置いていると思われる前提で、たとえば、市場はまだ伸びると見ているのか、もう成熟と見ているのかなど、市場や顧客、競合、自社などに関するその会社の仮説を指す。これも社長の談話やIR資料などにのっていることが多い。Capabilityは戦略を遂行するために備わっている能力で、たとえば、営業マンは何人いるのかとか、生産能力はどのくらいあるか、とか自由につかえる資金はどのくらいあるのかなどのことである。この情報は一番調べづらいかもしれない。表面的な情報だけではなく、その会社のコアコンピタンスが何であるかは内情もよくわかっていないと見えてこないからだ。最後のStrategyとは、ここ最近実行に移した具体的な施策で、どのような商品を市場に出したかとか、どのような会社とアライアンスを組んだかとか、どのような制度を導入したかなどのことである。この情報は、最近の記事などを検索すれば収集できる。
これら4種類の情報を書き出してじっくり眺めていると、DriverとStrategyの間には関連性が見られる。なぜなら、あることがらにDriveされて、具体的な施策を打つからである。また、AssumptionとStrategyの間にも関連性が見られる。なぜなら、ある前提をおいているからこそ、ある施策が考えられたからである。また、CapabilityとStrategyの間にも関連性が見られる。なぜなら、ある能力を持っているからこそある施策が打ち出せるからである。
ばらばらに集めた情報でも、4つに分類して整理しじっと眺めてみて上記のような関連性が確認できればしめたもので、その会社をかなり正確に捉えたと言って良い。そうすると、その会社が次に何をしてきそうか、また逆に何をしなさそうかが見えてくるのである。競合の次の一手が見えてきて、それが自分たちと違う方向性なら、自分たちが考えてきた戦略を実行に移しても問題はないかも知れない。しかし、仮に競合の次の一手が自分たちの考えてきた戦略に非常に近いのであれば、戦略を再考する必要性がでてくる。競争相手とどこでどのように差異化するのか考え直さなくてはいけない。
勉強会ではセブンイレブンとローソンを題材にこの4コーナー分析を行なった。
この2社、消費者として接している限り、戦略の違いというのをそれほど明確には感じないかも知れない。すくなくとも私は両社のお店に行って戦略の違いを感じたことはない。しかしながら、4コーナー分析をしてみると明らかにこの2社は違う「生き物」であることがわかる。「コンビニの可能性は無限大である」というAssumptionのもと、最近では高齢者にとってのコンビニエンスとは何かを追求しはじめたセブンイレブン、アルバイトの店員にも担当商品を持たせて現場での仮説検証サイクルを回して日販を高く維持するセブンイレブンと、「コンビニ業界は飽和しているが、小売業界にはまだまだビジネスチャンスがある」というAssumptionのもと、新業態の立ち上げを最優先しているローソンは明らかに違う。現場がバリューを出している、出せる仕組みを作っているセブンイレブンに対して、ローソンは、トップマネジメントが業態開発という大きな打ち手でバリューを出そうとしているように見える。同業界の企業でも戦略は全く違うわけで、その戦略を人材面から支援するのであれば、当然人事戦略、人材マネジメントのあり方も異ならざるを得ない。
そもそも、それぞれの企業にとって重要性の高い人材は同じだろうか?もし違うのであれば、採用、教育、配置、評価、昇進昇格などのあり方も当然違ってくるはずだ。セブンイレブンであれば、やはり店という顧客接点で仮説検証を回せる人材の確保が最大の課題であろうし、ローソンであれば、新しい業態を立ち上げたあとに、新たな業態を引っ張っていくマネジメントの人材や新しい業態のオペレーションを作りこむ人材の強化が課題のはずである。先日の勉強会では、このような点について議論し、経営戦略を出発点にしながら、人事戦略がどこまで差異化できるかを考えたのである。
もし、みなさんがそれぞれの人事部長ならどのような人事戦略を考えるだろうか?
土井 哲
■関連用語
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