リーダーを育てる会社、育つのを待つ会社


「空前の売り手市場」といわれる今年の就職戦線。しかし、学生には意外と浮かれた様子が伺われない。彼(女)らには、真剣に自分を育ててくれる企業を探そうという意識が見て取れる。企業側もこの「売り手市場」に対応しようと躍起だが、人を育てる仕組みを工夫することなく、社員寮の新設などバブル期と同じような対応をしているのだとすれば、2~3年後には彼(女)らから見限られることになるだろう。
グーグルに象徴されるように、このイノベーションの時代にあっては、すべての既存の事業モデルは破壊の対象であり、うかうかしていると組織の存在自体が危うくなる。変革できない企業は生存できない。そういう時代の空気を若い学生たちは敏感に感じ取っているように思える。
日米の企業にそれぞれ10年以上勤めてみて、つくづく考えさせられることの一つに、人材育成、特にリーダー育成のありかたの違いがある。リーダーシップに関する研究も圧倒的に欧米、特に米国における研究が世界を席巻している。
日本の企業では、「リーダーシップは先天的なものだ」「人は先輩をみて育つものだ」として事実上リーダー育成を放棄しているか、「人事ローテーションでいろいろな部署を経験させる」「欧米のビジネススクールに留学させる」といった丸投げ型が大部分ではないだろうか。
では欧米の先進企業はどのようにリーダー育成に取り組んでいるか。彼らは「リーダーシップは先天的なもの」という考えを持っていない。後天的に獲得しえるように多くの企業でリーダーとはどういう価値観を持った人間のことかを文章にし、日常業務の中でも繰り返し伝える(例えばGEの4つのEや3つのS*)。「先輩をみて育つものだ」という考えは世界中にあり、計画的に優れたメンターをつけ、メンターもどうやってメンティーを指導するか訓練を受ける。
「人事ローテーション」にも工夫を加えている。例えば、分析力のある財務系の若手に6ヶ月ごとの「ローテーション」を2年間にわたって経験させる制度を持った企業がある。人事部はマッチメーキングの手助けはするが、基本的に行く先は自分で見つけなければならない。自分を売り込み、ニーズがあれば世界中どこにでも行って仕事をする。半年間で雇ってくれた所属長の特命事項を解決し、成果をあげなければならない。見も知らぬ部署や国にいって、いきなり専門家として自分より知識も経験も豊富な人たちを率い問題を解決する。それを半年ごとに繰り返す。それだけでも厳しいものがあるが、その上に、このプログラム受講者にはビジネススクールさながらのケーススタディが義務付けられ、財務部門のしかるべき人間がその指導に当たる。もちろん、この指導者がメンターとなって実務上のアドバイスも与えるが、受講者は、半年ごとに繰り返す圧力釜の中でタフなマインドを養う。こういう外部の人間を入れて問題を解決しようとする部署には、概して優れたリーダーがいるものだ。受講生のメリットは2年間の間にいろいろなリーダーから学べる点でもある。同じようなプログラムを技術系や営業、マーケティングなど、いろいろな分野で行っている企業もある。単にローテーションと称して人を動かす日本企業とは、人材育成のスピードと質の両面において大きな差があると思われないだろうか。日本人には向かない? そうだろうか。メジャーを目指す野球選手が多いのと同様に、私の見るところ、優秀な日本の若者もこういうプログラムを持った会社に惹かれるのである。
コーポレートユニバーシティ(企業大学)の充実・拡大も最近の流行である。GEのクロトンビルはつとに有名だが、ゼロックスやP&Gなどコーポレートユニバーシティの充実に力を入れている企業は少なくない。そこでは、ビジネススクールで教えるような教育プログラムもあるが、リーダー教育の中心は、実際の課題を解決するアクションラーニングにシフトしている。異なる国から集まった数十人の人間が、わずか1~2週間の間に世界中のベストプラクティスを調べに飛び回り、議論を戦わせて解決案をまとめ、トップに提言する。彼(女)らと議論をするトップも大いに学ぶ。一例を紹介しよう。1996年にクロトンビルで行われたGEのエグゼクティブ研修で、当時会長のウェルチは研修生から「あなたのナンバーワン、ナンバーツーストラテジーはGEの成長性を阻害している」と指摘を受けた。十数年にわたってこの戦略を続けてきたおかげで、ビジネスリーダーたちはみな自分たちの事業がナンバーワンかナンバーツーになるようにマーケットを狭く定義するようになっている、というのがその理由だ。この提言にショックを受けたウェルチは「自分たちの事業の市場シェアが10%以下になるように市場を再定義し、その上でシェア拡大の戦略をもってこい」と指示をだし、その後「ナンバーワンかナンバーツー…」と口にしなくなった。学習する組織とはこういうものではないだろうか。余談だが、この研修の後、同じ研修に参加した私は、何とかウェルチを唸らそうと参加者たちと議論を重ねたが、残念ながら前回のグループほどの成果をあげることはできなかった。
欧米のビジネススクールに行った日本人が、その授業方法に戸惑うように、これらの米国企業のコーポレートユニバーシティに参加した日本人も大いに戸惑うのが常である。そこでは、物怖じせずに自分の意見を明確に伝えるコミュニケーション力が必要であり、一方、人の意見をアクティブに聴き、質問し、行動に移していくファシリテーションやロジカルシンキングといったソフトスキルも不可欠である。これらのスキルなしにリーダーシップの育成は考えにくい。高いソフトスキルを前提に組織として学習を続けるグローバル企業と勘と経験に頼る日本企業の差は、ますます開く一方ではないだろうか。
少子高齢化が進む中、リーダーを育てる組織ほど魅力的な企業はないのではないか。そういう企業で働きたいと思う人材が世界中から集まり、学習能力の高い組織は究極の競争優位を構築する。人を大切にする日本企業の目指すべき方向ではないだろうか。
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* : 4つのE: Energy, Edge, Energize, Execution
* : 3つのS: Speed, Simplicity, Self Confidence
■関連用語
リーダーシップ理論の変遷
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ジャック・ウェルチ
ノール・M・ティシー
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