なぜか答えられなくなった単純な質問


私事ですが、ここ数年、企業研修の講師をさせて頂く機会が多くなり、さまざまな企業の将来を嘱望される若手/中堅のエースと呼ばれる方がたと接する機会がしばしばあります。そういう場で、私が以前から必ず聞くようにしている質問がいくつかあります。その中で、この10年ほどでめっきり返答が変わったなと感じることがあるものを1つ今回はご紹介させて頂きたいと思います。
『なぜ企業は黒字でなければならないのか?』
質問はいたって単純です。しかしながら、10人(の若手エース)にこの質問を投げかけると、5人は返事に窮してしまいます。では残りの5人はというと、その中の4人は「株主に利益を返さなくてはいけないから」または『株価を上げるため』のどちらかで、最後の一人が「給料もらうため」。間違っているわけではないのですが・・・。
確かに増収増益は株価を維持する基本であり、株主の期待なのはいうまでもありません。しかし、次世代のリーダーが最初に考えることが株価というのは、随分日本の現場も変わったんだなと思わずにはいられません。新聞、ニュースで毎日のように買収がどうしたファンドがどうしたという話が出てくるわけだし、社員持株会、ストックオプションなんていう「士気向上策」も普通のものになったので無理もない環境なのかも知れませんが・・・。
『でも次世代のリーダーなんだからさー・・・』
しかし、その前に次世代のリーダーだからこそ思いついて欲しいことがあるわけです。少し思考の順序を逆にして考えてみましょう。
『どうすれば企業は黒字になれるのか?』
いろいろな答え方ができますが、最も簡潔な答えを考えると...「使った費用より多く顧客から代金をもらうこと」。すなわち、代金に見合った費用の使い方ができるか、あるいは費用に見合った代金の請求が成り立たなければ、企業は赤字に陥るという単純明快な話なわけです。しかし、この中には、事業設計の根幹となるエッセンスが全て入っています。すなわち、顧客へ商品/サービスを提供しようとした時には、その価値に見合った費用の範囲内で可能な提供の仕方(=顧客起点のビジネスモデルの設計)をしなければならないということを意味しています。もし企業が赤字であれば、商品/サービスの価値に見合った提供方法ができていないか、あるいは提供方法に見合った商品/サービスの価値が(通用して)ないということになるわけです。そしてこれこそが、将来、事業の陣頭指揮を期待されている次世代リーダーが、日夜最も心を砕かなければならないことそのもの(であって欲しい)と思うのです。
そういうわけで、随分遠回りしましたが、はじめの「企業はなぜ黒字でなければならないのか?」という質問に対して、いつも私が期待している答えは、『それは、顧客から見て、自分たちの会社がやってきたことが正しかったか、間違っていたのかの採点結果だから』なのです。
『たかが10年。されど10年』
90年代、スカンジナビア航空の当時社長だったヤン・カールソンの著書でCustomer Satisfaction(顧客満足度)という言葉が日本中を席巻してから、わずか10数年。確かに経営課題の中には、刻一刻変化する事業環境に応じて変わって行くものですが、CSもCIやリエンジニアリングなどのように、『かつてのブーム』になってしまったのでしょうか・・・。
研修の場で、こういう話をすると、『うちはCSは徹底してますから』とか『それは基本ですよね』なんていう反応が返ってきたりします。多くの企業の会社案内やホームページには「社長のご挨拶」なるページがあり、顧客をいかに重要視しているか、いかに顧客視点で考えているのかという熱い経営姿勢が記されているのをよく目にします。
今回のエピソードは、決して一部の特別な企業の話ではなく、日本のリーディングカンパニーと呼ばれる多くの企業で経験した出来事です。そうした企業の中で、これからリーダーになっていくべきメンバーからの第一声に「お客様」が出てこない現実を繰り返し見てくると、株主の満足や従業員の満足の前に、その大前提になるような顧客満足へのこだわりの大切さに、トップと現場に隔たりが生じてきていないことを切に願って止みません。徹底的に顧客を見つめたヤン・カールソン氏は、顧客との接点でのわずか15秒にこだわることで、業績を回復(=顧客からの高い採点結果)をなし得た話は有名ですが、これを日夜実行し続けたのは、全て最前線の社員だったことを思い出す時期なのかもしれません。
がんばれ、日本!