人を躍動させる『物語力』


「『人を動かす』にはどうすればよいか」・・・部下を持つ誰もが直面するテーマである。
ギリシアの哲学者アリストテレスは、人を動かす、つまり説得には3つのパターンがあると述べた。
①「ロゴス」:論理(ロジック)。相手の話を「正しいと判断」するから動く
②「パトス」:情熱(パッション)。相手の話に「共感」するから動く
③「エトス」:信頼。話している相手自身の「人としての魅力」があるから動く
ビジネスにおいて、ロゴスの重要性は言うまでもない。しかし、人間というのは「丸ごと感情論」といってもよいような存在だ。もっともな根拠を見せけられて「正しい」と頭で解っていても、それだけで「はいそうですね」と動くものではない。論理という個性のない「客観」の世界から、共感という「主観」の世界への橋渡しはどうしても欠かせない。
では、どうやって共感を呼び起こせばよいのか。私が思う有効なアプローチ、それは「物語」だ。相手の心の琴線を捉え、想像力を喚起するような「物語」だ。
優れた物語とはどういうものであろうか。調べてみたところ、アカデミー賞を受賞するような、人を惹きつけて離さない物語には、以下の3つの要素が含まれているそうだ。
① 興味を引く「登場人物」
② 登場人物が目指す、魅力的な「到達点(ゴール)」
③ 乗り越えるべき「葛藤や障壁」
古今東西を問わず、物語の基本形とは、「登場人物が、葛藤や障壁を乗り越えようと決意して、到達点に至るまでの成長と変化のプロセス」らしい。そして、これらの要素にインパクトを打ち出し、「共感」や「感情移入」を引き出すことで、シンプルなメッセージ(「ロッキー」のメッセージは「成せば成る」)を伝えられるのが、優れたストーリーテラー(語り部)なのだ。
では、現実のビジネスにおける、物語を描くポイントは何か。映画の脚本術などを参考にしながら考えてみた。
① 興味を引く「登場人物」・・・ロッキーという人物が魅力的でなければ、決して人をひきつける物語にはならない。映画のシナリオを描くときには、まず登場人物の魅力を打ち出すことに心血が注がれる。方や、現実のビジネスでは「自分」こそが登場人物である。ポイントは、自分が物語の「主人公」であることを意識してもらうように働きかけることだ(つまり、「お前がロッキーなんだ!」と思ってもらうということ)。例え組織や集団で取組む仕事であっても、「この仕事はあなたが取組んでいるからこそ、動いているのだ」という、主人公意識をしっかり植え付けることが必要だ。そのことで部下は、自分の存在価値を認識し、主体性を取り戻すのである。
② 登場人物が目指す、魅力的な「到達点」・・・その到達点がいかに魅力的で価値があるものかを生き生きと想像してもらうことが重要だ。そのためのポイントは、「到達点を大きな絵の中に位置付けること」、そして「動きや変化を描き出すこと」だ。
「大きな絵の中に位置付ける」例として、有名な「3人のレンガ職人」の話がある。
通行人に「何をやっているのですか?」と尋ねられたとき、
1人目のレンガ職人は「見ての通り、レンガを積んでいるんです。」と答えた。
2人目のレンガ職人は「レンガを積んで建物を作っているんです。」と答えた。
しかし、3人目のレンガ職人は、「私はこうやってレンガを積んで、大聖堂を作っているんです。自分の子供も、その子孫達も『あの大聖堂を作ったのは僕の父ちゃん(ご先祖様)だ』と胸を張れるような、とびきり立派な大聖堂をね。」
どのレンガ職人が最も生き生きと仕事に取組んでいたかは、言うまでもない。
また、人間は静止しているものより、動きや変化に富んだものに対し関心が向き、想像を逞しくする。ロッキーは宿敵アポロを打ち負かし、チャンピオンベルトを巻いて、愛するエイドリアンと喜びを分かち合う姿(到達点)を生き生きと想像できるから、そこに惹き込まれるのだ。
③ 乗り越えるべき「葛藤や障害」・・・魅力的な到達点に至るプロセスには葛藤や障壁がつきまとう。ポイントはそれが何であるのか、困難でも理不尽でも、本当の障壁を明確に示すこと。真実に目を背けた単なるバラ色の物語は、真の納得感を醸成できず、どこかで行き詰まりを見せるものだと、著名なシナリオ・ライターも語っている。ロッキーの行く手を遮る障壁は宿敵アポロの存在であり、これまで中途半端にしか己を追い込めなかった自分自身の心の弱さだ。現実のビジネスではここまで劇的な障壁は多くないかも知れないが、とにかく、「これを乗り越えればあなたは到達点に近づくのだ」というものをはっきりさせることで、意識とエネルギーをそこに集中させることができる。
コンピューターを始めとする情報技術の進化が進んだ今、生身の人間に最も発揮が求められる能力は「想像力(創造力)」と「コミュニケーション力」だと言われている。
想像力とコミュニケーション力を総動員して部下との対話を繰り返し、魅力的な将来の物語を作り上げていく「物語力」は、これからのビジネスできっと重要な価値があると、私は考えている。
以上
参考図書:リンダ・シーガー著「アカデミー賞を獲る脚本術」
高木 進吾
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