2006年を読み解く:Fの時代の幕開け


年頭にあたり昨年の日本の社会・経済を筆者なりに振り返ってみると、3つのFが時代の変化を読み解くキーワードであることに気付かされます。
第1のFはFreshman(新人)のFです。ビジネス界では、「敵対的買収はすべからず」という日本の不文律を破り、資本の論理でニッポン放送・フジテレビのM&Aに動いたライブドアの堀江社長(ホリエモン)や、TBSとの経営統合を目指した楽天の三木谷社長に代表される、ピュアキャピタリズムの申し子とも呼ぶべき若手経営者が耳目を集めました。また政界では、昨年9月の郵政民営化解散・総選挙を通じて、自民党内の派閥組織に一切属さない83人の新人議員(=小泉チルドレン)が誕生しています。
第2のFはForeigner(外国人)のFです。平成14年11月場所で初土俵を踏んで以来、史上最短の19場所で大関に昇進した「角界のベッカム」ことブルガリア出身の琴欧州関、31年ぶりに4連勝で阪神を破り千葉ロッテマリーンズを日本シリーズ優勝に導いた元米メジャーリーグのボビー・バレンタイン監督、2006年ワールドカップ予選を見事勝ち抜いた日本サッカー代表チームを率いるブラジル出身のジーコ監督、ソニーの業績不振を払拭するために出井伸之氏から経営を引き継いだ初のイギリス人CEOハワード・ストリンガー氏等が象徴的です。
そして第3のFはFemale(女性)のFです。政界では小泉チルドレンとして抜擢された財務官僚の片山さつき氏、エコノミストの佐藤ゆかり氏、料理研究家の藤野真紀子氏、元国連軍縮会議大使で上智大学教授の猪口邦子氏など、またスポーツ界では年間6勝をマークし2006年米国女子ツアーの出場資格を賭けた「ファイナルクオリファイ」で2位に12打差のトップ通過を果たしたゴルフの宮里藍選手や、宮里選手と同い年の20歳で昨年賞金ランク4位に食い込んだ横峰さくら選手、年末のフィギュアスケートグランプリ(GP)で優勝しながら年齢制限に阻まれて奇しくもトリノオリンピック出場を果たせなかった銀盤の美少女浅田真央選手等がいます。さらに、愛子様に天皇即位の道を開くことを念頭に置いた学識経験者による審議会が発足し、女性天皇及び女系天皇の是非を巡る議論が喧しくなっています。
3つのFに共通するのは、いずれも日本の伝統的社会・経済に変化をもたらす新興パワーの台頭を示唆しているという点です。小泉チルドレンは当選後も派閥に属することなく、自民党執行部主催の「小泉スクール」で学ぶ独立系議員集団を形成しつつあり、自民党結党以来の基盤を形成してきた派閥組織を根底から揺るがしつつあります。またホリエモンや三木谷氏は、社会主義国である旧ソビエト連邦(現ロシア)の政治家が「これこそまさに真の社会主義だ!」と驚きの声を上げたと言われる(政府・官僚による管理・統制が行き届いた)日本経済に対して、「資本主義=株主主権」というキャピタリズムの原点に立ち戻って変革を挑む革命児であると見ることができるでしょう。日本の伝統的国技である相撲においては、琴欧州の大関就任以前にもハワイ出身の横綱曙や武蔵丸、モンゴル出身の横綱朝青龍が誕生しており、国技館はさながら全英オープンテニスのウィンブルドン・センターコートの如く外国人同士が優勝を競う場となりつつあります。さらに政治経済、スポーツなど多方面における女性の活躍や女性・女系天皇の議論の高まりを考えるとき、日本人男性を中核とした旧来の社会構造が地殻変動を起こしつつあり、F3(=Freshman×Foreigner×Female)へのパワーシフトが始まったように思えてなりません。
実際2005年の日本経済の暗部に目を向けてみると、永年日本人男性コミュニティにより堅持されてきた体制の綻びが一気に噴出した感のある事件が目につきます。昨年7月25日には、橋梁談合事件で捜査のメスが日本道路公団に入り、公団ナンバー2の内田道雄副総裁が逮捕されました。また11月17日には、成田空港を運営していた旧「新東京国際空港公団」(現・成田国際空港会社)発注の電機設備工事をめぐり、東京地検特捜部が大手重電メーカーを一斉に家宅捜索。さらに12月19日には、防衛庁の調達実施本部(当時)が発注した航空機のジェット燃料などの入札談合事件で、防衛庁が石油元売り会社を相手に、総額約133億7000万円を返還するよう求める訴えを東京地裁に起こしています。しかしなんといっても極めつけは、師走の日本国民をテレビの前に釘付けにした姉歯建築設計事務所による耐震構造計算書偽造事件でしょう。小嶋社長率いるヒューザーが販売したマンション「グランドステージ」は震度5の地震で倒壊の恐れがあるとされ、居住者が泣く泣く退去する悲痛な様子が連日テレビで放映されました。
こうした談合や偽造が発覚する度に感じるのは、「かくも重大な組織的犯罪がなぜ今日まで露見しなかったのか?」という素朴な疑問です。複数の企業が共謀して談合や偽造などの不正行為を行うには、当然多くの関係者が緊密に協力しあうことが前提となります。多年に亘りこうした組織犯罪が露見しなかったということは、関係者の口封じが非常にうまく機能してきたことを物語っています。たった1人でも企業への忠誠心や正義に関する価値観が異なる人間が組織に紛れ込んだら最後、企業犯罪は一気に内部崩壊します。誤解を恐れずに単純化すれば、従来の日本企業は日本人男性を中心とした“企業戦士集団”であり、一糸乱れず企業と業界の利益最大化のために邁進してきたと言えるでしょう。価値観を一にする既得権益集団が体制を支配してきたからこそ、ここまで重大な社会問題を引き起こすことが可能になったのではないでしょうか?
男性が支配的な社会は日本に限った話ではなく、世界中普遍的な傾向として見受けられます。1960年代のウーマンリブ運動で女性の社会的地位が大きく向上したアメリカにおいても、政財界のトップは圧倒的に男性比率が高いのが現状です。特に大企業においてはCEOなど経営に携わっている女性はごく一握りに過ぎません。米国史上最悪の粉飾事件となったエンロン事件や、イラク戦争に関連したハリバートン社への利益誘導疑惑など、米国においても既得権益を手にした男性集団が深刻な組織犯罪を引き起こした例は数多くあります。21世紀も既に6年を経過した今、戦争や殺人、搾取や抑圧、汚職や談合を引き起こさない新たな社会経営モデルを私たち人間はそろそろ見出すことは出来ないのでしょうか?
この問題に、生物進化論の立場からとてもユニークな光を当てている科学者がいます。霊長類の社会的知能研究で世界第一人者として知られるフランス・ドゥ・ヴァール教授です。ドゥ・ヴァール教授が昨年出版した「あなたのなかのサル」(早川書房)は、500万年ほど前に類人猿と分かれ独自の進化を遂げたと言われる私たち人間の深層心理と行動を、類人猿の観察を通して深く洞察した非常に興味深い本です。ドゥ・ヴァール教授は、類人猿の中でも特に人間に近いチンパンジーとボノボに注目して人類との対比を試みています。チンパンジーは私たち日本人にもお馴染みですが、ボノボは国内の動物園では飼育されていないためあまり知られていません。背丈はチンパンジーよりやや小柄で、風貌はチンパンジーより穏やかで知的な印象を与える類人猿です(ドゥ・ヴァール教授は類人猿「APE」とサル「MONKEY」を厳密に区別しています。しかし私たち一般人には類人猿とサルはほぼ同義なので以下ではサルと呼びます)。最新のDNA解析によれば、チンパンジーとボノボはいずれも人間とDNAが98%一致します。どちらも極めて人間に近く知的なサルですが、両者の性格、思考、行動は大きく異なっています。動物園ではあまり目にしませんが、実はチンパンジーは支配欲が強く権謀術数に長けた非常に攻撃的なサルです。一方のボノボはチンパンジーと正反対で、平等主義で平和を愛する、思いやりの心に溢れた優しいサル。気になるのは、両者の性格や行動がなぜかくも異なるのかという理由です。ドゥ・ヴァール教授は、この謎を紐解く鍵が、男性支配と女性支配の違いであることを指摘しています。チンパンジーの社会は典型的な男性支配で、オスのボスザルを頂点とした階層社会を形成しています。群れの中で最強のオスがボスザルの地位を力で奪う苛烈な競争社会であるため、オス同士が絶えず争いあい、牽制しあいながら生きています。最強のボスザルを倒すために二番手、三番手のサルが“政治的に”組むことも日常茶飯事で、さながら人間界の縮図といった感じです。これに対してボノボの社会は女性中心であり、年長で思慮深いメスが群れ全体のリーダーです。リーダーは言わば群れの調整役であり、メンバー間で諍いが起きたときなどに調停を行います。チンパンジーのような厳格な階層構造はなく、各自が比較的対等な立場で群れに加わっています。ボノボは思いやりに溢れていることも特徴的で、仲間の身の安全を気遣ったり、怪我をしている鳥をいたわったりと、人間顔負けの慈悲深い行動を起こすことが知られています。
チンパンジーとボノボ、どちらも人間とDNAが98%一致する高等なサルでありながら、なぜ男性支配と女性支配に分かれたのかについて、ドゥ・ヴァール教授は非常に面白い仮説を披露しています。チンパンジー社会ではオス(男性)がメスを独占しようとする欲望が強く、その結果ボスの座を巡る権力闘争に明け暮れるようになった。これに対してボノボ社会では、メスが機転を利かせてオスの性的欲望をうまく管理することに成功した結果、未曾有の平等社会、平和社会が実現したというものです(ボノボの驚異的な生態については「あなたのなかのサル」に詳述されていますので、是非ご一読ください)。
2006年、筆者の分析が正しければFの時代の本格的な幕開けとなるはずです。MachoなMenに代わって、FreshなFemaleが世界をリードする時代は果たして到来するのでしょうか?
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