無料それとも有料?:ネット時代のコンテンツビジネスモデル


動画や静止画、アニメ、音楽、記事、小説などを製作・配信するいわゆるコンテンツビジネスには、現在二つのビジネスモデルが共存しています。一つは映画や新聞、雑誌のような有料サービスモデル、もう一つは民放テレビ番組に代表される無料サービスモデルです。無料とは言っても視聴者の直接負担がないという意味であって、実際には企業からの広告収入で成り立っているわけですから、正確にはスポンサー負担モデルと呼ぶべきでしょう。つまりコンテンツビジネスには、①視聴者負担モデルと②スポンサー負担モデルがあるということになります。
スポンサー負担モデルがなぜ成り立つかと言えば、面白いコンテンツを無料で配信すれば多くの消費者が視聴するので、そのコンテンツの広告主になることでスポンサー企業としての知名度や商品の認知度を高められるからです。企業にとってコンテンツのスポンサーになることはマーケティング活動の一環であり、マーケティング費用としてコンテンツの制作費、配信費を負担していることになります。マーケティング費用は当然ながら企業のコストを押し上げるので、企業はその分価格をアップせざるを得ません。かくして、企業がスポンサーとして負担したコンテンツ制作費・配信費は、最終的に商品の値段に転嫁されることになります。ということは結局、視聴者負担モデルもスポンサー負担モデルも最終的には消費者サイドが負担していることになるわけで、両者に本質的な違いはないようにも思えてきます。
ところが最近、コンテンツの費用負担のあり方が社会の一大関心事になりつつあります。NHKの受信料不払い運動が盛り上がっているのもその証左でしょう。NHKのコンテンツ制作費用は全て視聴者からの受信料で賄われていますが、一連の不祥事を機に受信料を払わない人が急増している問題です。「受信料取る前にまず不祥事を正せ!」というのは問題のすり替えであまり感心できませんが、「最近NHKならではの優良番組が少ない」、「見たい番組がないので見ていない」などの意見も数多くあり、受益者負担の視点から受信料のあり方について考え直すべき時期に来ているようにも思われます。
雑誌のビジネスモデルにも地殻変動が起きています。従来雑誌は有料で販売されてきましたが、ここに来て無料雑誌がどんどん増えています。地域コミュニティが発行するフリーペーパーがその走りですが、クーポンマガジン“ホットペッパー”など広域配信の無料雑誌も増えています。さらに最近リクルートがスタートした“R25”は、従来の雑誌のビジネスモデルを根底から覆す可能性を秘めています。R25はその名の通り25歳前後をターゲットにした雑誌ですが、完全無料であるにも関わらず既存の有料雑誌と全く遜色がない充実したコンテンツを満載しており、毎回発行初日に品切れとなる人気ぶりです。従来の雑誌が購読料と広告の両方を収入源として成り立っているのに対して、R25では購読料収入をゼロにしています。広告収入だけで果たして成り立つのか?と思いきや、やはり広告収入だけでは収支トントンか若干赤字のようです。ではどうするのかと言えば、購読者数を十分増やした上で、通信販売などの物販ビジネスを組み合わせて収益を確保していくというのが今後の事業戦略のようです。
こうした雑誌の無料化(視聴者負担からスポンサー負担への転換)が進む一方で、逆に民放テレビ局はコンテンツの有料化(視聴者負担)に取り組み始めています。テレビ放送用に製作したドラマやバラエティ番組をDVD化して販売あるいはレンタルすることはかなり以前から行われています。さらにここに来て、ヤフーBBなどがテレビ番組をインターネット上で有料放送する事業をスタートさせ、インデックスが民放各局と提携しテレビコンテンツを携帯電話へ有料配信する準備を進めています。どうやら、テレビ番組の有料化(視聴者負担)が徐々に進み始めているようです。
今からちょうど10年前の1995年、MITメディア研究所のニコラス・ネグロポンテ教授が“ビーイング・デジタル―ビットの時代”という著書の中で、「放送と通信において、伝送手段(無線と有線)が相互に入れ替わるだろう」と予言しました。50年以上も前からテレビ放送は電波(無線)を利用して流され、電話は銅線(有線)を介して通信していたわけですが、ネグロポンテ教授は「やがてテレビ番組は有線で放送されるようになり、電話は無線で伝えられるようになる」と予言したのです。今日、ケーブルTVやインターネットでテレビ番組が放送される一方、固定電話(有線)から携帯(無線)に急速にシフトしている現実は、まさにこの予言が的中したことを物語っています。こうなると予言者ネグロポンテに倣って、「テレビと雑誌において無料モデルと有料モデルは入れ替わり、雑誌は無料、テレビは有料の時代が来るであろう」と言い切ってみたくなりますが、果たしてどうなのでしょうか?
実は経済システム全体のメカニズムに目を向けると、雑誌(記事、写真、小説)、テレビ(動画)を問わず、マスマーケット(消費者全体)に訴求するコンテンツは無料化(スポンサー負担)が進み、ニッチマーケット(限定された消費者)に訴求するコンテンツは有料化(視聴者負担)が進むであろうことがある程度予測できそうです。例えば、ある企業A社とその競合B社があって両社の商品力にはほとんど差が無いとします。A社がB社よりも積極的にマス広告を打てば、結果としてA社の市場シェアは伸びB社の市場シェアは落ちるでしょう。その結果A社には量産効果(規模の経済)が働きやすくなり、B社よりも低コストで製造できるようになります。するとA社はより利益が上がるようになりますから、その利益をマス広告に再投資することで、ますますB社との売上の差を広げることができます。マス広告の効果により両社の競争力はどんどん差が開いていき、極端な場合にはB社が倒産してしまってA社の独占市場になることすら起こりえます。このようにマス広告というのは、企業の市場競争力に直接的に影響を及ぼすため、ポジティブフィードバックが生じやすいのです。すなわち、企業がマス広告のスポンサーになる⇒企業の競争力が高まる⇒企業の収益が増える⇒増えた収益を元手に企業が再びマス広告のスポンサーになる、というプラスの循環が生まれます。従って “消費者全体に広く訴求し得るコンテンツ”であればマス広告の対象となり、スポンサー負担(すなわち無料モデル)になりやすいことが分かります。一方、ニッチ市場(限定された消費者)向けのコンテンツ(例えば同人誌など)の場合には、企業は広告の費用対効果を考えてスポンサーになることに躊躇しがちです。広告主がいないとなると、どうしてもそのコンテンツを視聴したいユーザーは視聴料(=コンテンツ制作費用)を払って見ざるを得なくなります。すなわち視聴者負担(有料モデル)になるというわけです。
ということで筆者の予言を要約すれば、「ネット時代においては、一般大衆向けコンテンツは無料モデルに、特定ユーザー向けコンテンツは有料モデルに向かう」ということになります。例えば民放テレビも、一般大衆向けの番組(バラエティ等)は無料のままですが骨のある社会派番組は有料放送ということも考えられます。現在は、民放が無料、NHKが有料モデルを採用していますが、筆者の予言に従えば民放でも特定視聴者向けの優良コンテンツは視聴者負担にし、逆にNHKも大衆向けコンテンツ(紅白歌合戦等?)はスポンサー広告を募って無料化せざるを得なくなるかも知れません。そうなれば、このところジリ貧の紅白歌合戦も視聴率50%を回復できる可能性大いにあり!
■関連用語
規模の経済性