戦略的コア人材の育成


最近、教育体系全般の見直しをしたいというお客様の要望を頻繁に伺うようになったので、弊社らしいアプローチができないかと、顧問である高橋俊介さんにも討議に加わっていただき、見直しの方法論を作った。
最終的には、全員に受けさせるべきものと、特定の人に受けさせるべきものとに分けて整理し体系立てていくという方法にたどり着いたのであるが、この議論を通じていくつかの論点が浮かび上がってきたので、読者のみなさんと共有し、ぜひ皆様からもご意見やコメントを頂戴したい。
全員に受けさせるべきものとして5つのタイプの教育、特定の人に受けさせるべきものとして4つのタイプの教育を特定した。
後者の4つのタイプとは、①リーダー研修=企業の将来像を描き変革を担う人材向けの教育、②管理者研修=部下を持つことになった人向けの教育、③戦略的コア人材研修=企業の収益の源泉になっている人材、差別化の源泉になっている人材向けの教育、④専門職研修=必ずしも直接的に、収益の源泉になったり、差別化の源泉になっているわけではないが、専門的な知識をもって間接的に収益に貢献している人材、たとえば、経理部門や法務部門の人たち向けの教育の4つである。
これまで弊社では主に①と②を提供サービスの中心に据えてきたのだが、考えてみると社内における人員数の比率が高いのは③である。③はたとえば製薬会社であればMRや、R&Dの人たちであり、SIerであればソリューション・コンサルタントやプロジェクトマネージャなどである。
収益の源泉となっている、あるいは、差別化の源泉となっている人全員が少しずつレベルアップをする、あるいはレベルの高い人たちの人数が増えれば、その言葉の定義からいって、その会社は競争力と収益力が高まるはずであり、このコア人材のレベルアップを図る教育も、リーダー研修と同様優先順位高く考えられるべきものではないかというというのが私たちの結論である。
問いかけ1》みなさんの会社において上記のような定義に基づく「戦略的コア人材」とは誰であろうか?
ある部門の人かもしれないし、ある職種の人かもしれない。もちろん1社に1タイプということではなく、複数のタイプの人たちがコア人材を形成していると思われる。これまでいくつかの企業の人事の方にこの問いかけをしてみたが、必ずしも全員の方が明快に「その定義にあてはまるコア人材は、うちの場合・・・・ですね」とは答えられなかった。
問いかけ2》戦略的コア人材を念頭においていただいたときに、みなさんの会社では、確実に一人一人のレベルを上げていく、あるいはレベルの高い人の数を増やす仕組みがあるだろうか?
従来この分野の人材の育成はOJTを中心に行われてきたと思う。なぜなら本業そのものであり、外部の研修会社ができることは限られているからだ。しかし、リストラによる中堅社員の減少や、これから迎えるベテラン層の退職、若年層の流動性の高さなどを背景にOJTによるコア人材の育成は急速に成り立たなくなっており、ここに対するソリューションの確立が求められていると勝手に考えている。
具体的にはどのようにアプローチがありえるか。
もともと弊社はIBPS(インテリジェンス・ビジネス・プロフェッショナル・スクール)を開校したとき以来、教育コンテンツの開発とともに人材のアセスメントに取り組んできた。いわゆるコンピテンシーアセスメントである。釈迦に説法で恐縮ではあるが、コンピテンシーアセスメントはたいていの場合、その会社におけるハイパフォーマーの思考特性・行動特性を分析してモデル人材を作り、そのモデルとの比較で一般社員を評価する。そしてまた同時にそのような人材像を示すことで、能力開発について社員に指針をあたえるものである。
さて、このモデル人材を作るときに、ハイパフォーマーの思考特性・行動特性を明らかにするだけでなく、なぜそのような思考特性、行動特性を発揮することができるのか、その人がコンピテンシーを発揮できる理由=思考や行動の背景にある「成果イメージ・意図」、「知識・経験・スキル」、「動機・価値観などのパーソナリティ的な要素」なども抽出できていれば、コンピテンシーを発揮するために本質的に何を強化すべきがわかり、教育のコンテンツを考えやすくなる。
しかしながら多くの企業のコンピテンシーディクショナリーは本当にその会社の事業内容や社員の分析をきちんと行ったのかと思うほど表面的である。横道にそれるが、教育研修の仕事をしていると、その会社が最近作り上げた、いわゆるコンピテンシーディクショナリーを拝見させて頂くことが多い。これが各社恐ろしく似ている。チャレンジ力、柔軟性、統率力・・・・と、項目名も似ているが定義内容もほとんど一緒だ。「そりゃあ、みんなを統率して、目標達成にむけてチャレンジし、問題が起こったときには柔軟に対応できれば成果は上がるよね」、という話にすぎず、なぜハイパフォーマーが多くの人を統率できるか、困難があってもなぜチャレンジするのか、なぜ複雑な問題にも柔軟に対応できるか、という「なぜできるのか」に関して深掘りをした分析がないと、コンピテンシー強化を図るための糸口は見えてこない。
一般的に、知識がないためにコンピテンシーを発揮できなければ、知識を付与し、スキルが低くて発揮できなければ練習を積ませ、洞察力が低いために発揮できなければ、事例研究をたくさんやらせ、動機が低いためにできなければ、成功体験を持たせていくというのが基本だ。しかし私は知識やスキル、洞察力、動機の開発にも増して重要な要素だと思うものがある。それが「成果イメージ・意図」である。
私の仕事はお客様の人材ニーズを聞き出し、教育プログラムを提案することであるが、顧客側も明快にニーズを認識していないときは、企業としてどのようなビジョンを描いているか、そのためにどのような戦略を実行しようとしているかを聞き出すことで、おそらくこのようなタイプの人材が必要になるのだろうな、と想像する。そして今度は、現状そのようなタイプの人材がどれだけ会社の中にいるのかを聞き出すことによってギャップの大きさを自分なりに理解する。このギャップを埋めるのがソリューションの目的だからだ。このようにソリューションを提供する仕事の場合、ソリューションの対象となる課題自体を正確に設定する必要があるので、そのような「意図」を持って、ギャップを浮き彫りにするような質問を発していくことによりニーズを顕在化させるわけである。自分の仕事を成功させるために、ギャップの明確化が必要であることがわかっているのでそのような行動をとるのである。だから、「成果イメージ」や「意図」もコンピテンシー開発にあたっては考慮すべき要素である。
このように考えてくると理論的には、コンピテンシーの数×(レベルの数-1)×コンピテンシーの発揮に関わる要素の数だけ教育コンテンツを考えなくてはならない。もちろん一部はOJTで強化すべきものがあるので、差し引くことはできるが、それでも結構な数になり頭が痛い。
そこで私は現実的な解決策として以下のようなアプローチを提案したい。
①ある職種でパフォーマンスを出すのに必要なコアプロセスに焦点をあて、そこで発揮されるべき重要なコンピテンシーに対象を絞り込む。
ソリューションコンサルタントの育成であれば、顧客のニーズを明確化し、提案内容を考え、社内のリソースを結集して、提案をまとめてプレゼンする、という一連のコアプロセスだけを強化することに絞り込む
②レベルも、基本をしっかりアタマで理解させる教育+それを実践し、そこからわかったことを整理しさらに実践を積み重ねる教育+想定外のことに対する応用までできるようにする教育、の3つくらいのレベルにする
③要素については、上記の各レベルで必要となるものだけを紐付けしてコンテンツに盛り込む。たとえば基本レベルでは「成果イメージ・意図」を持つことの重要性を教え、仕事の典型的進め方に関する知識の習得(ハイパフォーマーの定石など)だけを対象として教え込む。一方、レベル2では、経験したことから洞察を深めていく訓練を行い、想定外のことへの応用レベルでは、柔軟性などの動機を強化する、というふうに紐付けていく。
今、あるメーカーさまの下で、その会社が特定した最重要コンピテンシー5つの強化に取り組んでいるが、このような考えをベースにコンテンツの開発を行っている。
問いかけ3》みなさんの会社の戦略的コア人材の数をぐっと増やすために、今現在行っている教育はコンピテンシー強化という観点から必要十分といえるだろうか
土井 哲
■関連用語
コンピテンシー
ハイパフォーマー