新規事業立案アクションラーニングの現場から


突然ですが、みなさんは最近、仕事をしていてこのようなことを感じたことがありますか?
① 行為に集中、没頭している
② 浮き浮きした高揚感
③ 雑念がほとんどわかない
④ 時間感覚の喪失
⑤ 自分自身の感覚を喪失している
⑥ その場を支配している感覚・自分が有能であるという感覚
⑦ 周囲の環境との調和、一体感
このような状態を、シカゴ大学のチクセントミハイ教授は、「フロー」状態と名づけています(「運命の法則」天外伺郎著)。同教授は、例えばロッククライミングという行為は何の外発的報酬もなく、観客の喝采すら浴びないのに命を賭けてまでのめり込む人がいるのはなぜか、といった疑問を持ったことからさまざまな調査を行い、そうした状態に共通する特徴を抽出していったそうです。
今回は、私がアクションラーニング(以下AL)を通じ、参加者、そして私自身もそういう体験ができた印象深いケースをご紹介したいと思います。
それはある大手総合商社の10年目前後の社員を対象にした、新規事業立案プログラムでした。最初の3ヶ月にモノの考え方や仮説/検証のミニトレーニングといった基礎力強化を行い、その後3ヶ月がAL、今回で言えばやりたいテーマをやりたいメンバー同士でビジネスプランにまとめ、社長をはじめとする経営陣にプレゼンする、という内容でした。私の担当したチームのひとつが根っからのスポーツ好きの集まりで、「こんなスポーツビジネスをやりたい!」と積極的にアイデア(仮説)を出していきました。
しかし、検証してみると、仮説がことごとく撃沈。握り締めていた仮説をことごとく手放さざるを得ない状態が続き、マイナスムードがチームを覆ってきました。仮説を否定されるのは自分自身が否定されるように辛い。メンバー全員、本気モード全開なだけに、余計に辛い。
こうして、もがき苦しみながら2ヶ月近く迷走を続け、最終発表まで残り20日を切った頃です。決断をしました。これまで広く浅くしていた顧客ターゲットもサービス内容も徹底的に削ぎ落としてしまいました。この仮説と心中する。そういう開き直りにも近い状態でした。
「もうこれをやるしかない」となると、逆に元気も知恵も湧き出てきました。ありとあらゆるツテを辿って、ターゲット顧客にアポをとり(巨人、西武、浦和レッズといった一流チームの選手、コーチ、フロントの方々。よく会っていただけたなあと思います)、仮説を持って、突撃しました。そうすると、皆さん喜んでアイデアを出してくれるんです。サービスを売る人・買う人がいっしょになっての作戦会議。仮説の「検証」、いや「進化」。
そうなってくると、だんだんとフロー状態突入です。
前述の本ではフロー状態について、こうも述べられています。
「フローに浸されていると、偶然が次々と起こり、出来事が収まるべきところに収まり、障害が消え去る。」
今回のALでは、そういう感覚に浸りました。新聞やテレビを見ていても、不思議なほど、ドンピシャな情報が次々飛び込んで来るんです。「絶妙のタイミングでこの番組やってくれたなあ!」「これって、我々と同じような事業をやろうとしているんじゃないの?」などなど。最終プレゼン1週間前にNHKBSの海外番組を見ていたら、提携先(セリエAの某チーム。まだ片思い状態ですが)が見つかったり。
しかし私はそのときの状況は、単なるめぐり合わせの良さでは説明できないという気がします。極限レベルまでその事業に対する思い・感度が高まったときには、普段なら目の前を通り過ぎていた情報が、その素通りを許さず、まるで磁力でも生じたかのごとく吸い上げていく。このときの状態を今風の言葉で表すと、「セレンディピティ」(偶察力=偶然を察知する能力)の覚醒といえるかも知れません。その気になればビッグチャンスは目の前にある!
こうした経緯を経て、チームメンバー一同、胸を張って最後の社長プレゼンに臨むことができました。内容も、まだ詰めの甘い部分はあるものの、少なくともまだこの世に存在しない、クリエイティブなものが出来たと思います。(チームメンバーも私も、土日も深夜も関係ない、という日々が続いてしまいましたが…)
今回のALと、通常業務の新規事業立案の違い。私はこういうところだと思います。
・ テーマ設定とチームビルディング:やりたいテーマをやりたい人同士でやるというポリシーを貫きました。内側から涌いてくる動機、しかもそれがメンバー全員で共有されていたことは最後までモチベーションを高く保てた最大の要因だったと思います。
・ 「修羅場」と「安全地帯」の微妙なバランス:自分で決めたテーマだけに、プロの商社マンとしてきちっと落とし前をつけなければならないという、「修羅場」を味わいます。ただし、通常の新規事業のように、近い将来の収益源にしなければならないとか個人評価に直結するということがない、という意味では「安全地帯」も設けられていたことも否めません。通常の新規事業なら、あんなに開き直ることもできず、小さくまとまった案でお茶を濁していた、あるいは検証してみてダメだとわかったところで「潔く」あきらめたかも知れません。
・ 時間の制約:通常の新規事業と異なり、社長プレゼンという形で明確に期限が区切られていました。しかも今回ALは仕事を抱えながらの作業です。しかし持ち時間の少なさはポテンシャルを高める大きなチャンス。必然的に全体が仮説先行で進みますし(仮説構築前にたっぷり情報収集している時間など無い!)、個々の作業の優先順位も明確にせざるを得ません。
最後に、天外氏とチクセントミハイ氏が、フロー状態に達するチームになる最大の条件について意見が一致したということをご紹介します。それは、
「チームが自律的に、何でもディシジョンできる」
これだそうです。
ビジネスにおいても、これは例外ではないと思います。
そしてこれはまさに、今回ALの醍醐味でもあったと思います。
<参考図書>
「運命の法則」天外伺郎著(本名:土井利忠。CDやAIBOを開発したソニーの有名技術者)
「偶然からモノを見つけ出す能力~セレンディピティの活かし方」澤泉重一著
■関連用語
モチベーション理論
仮説思考