あなたほどビジョナリーな経営者が、なぜ会社を変えられないのか?


仕事柄、企業のトップの方々とお話させて頂く機会がよくある。近頃はデジタル家電ブームや中国特需などで、ハイテク、素材の両分野で史上最高益を更新する会社が続出している。ならば社長の方々もさぞかしご機嫌麗しいことと思いきや、これが意外や意外、切実な危機感を口にする社長が少なくない。
「うちの社員のレベルが低いのには驚かされるよ、まったく。俺がこれほど声を嗄らして、『今は大丈夫だが、これから3年以内に必ず淘汰が始まるぞ!』、『このままじゃうちは大変なことになる!』、『今から社員一丸となって、勝ち残れる会社に変えていこう!』と懸命に叫んでもまるで他人事、誰一人として本気で変わろうとはしない。危機感がないというか、大企業病というか、『これほど業績がいいのに、なぜ社長はあんなに悲観的な事ばかり言っているんだろう?きっとボーナスを増やさない口実に違いない』と勘ぐるやつがいたり、『え~まさか、うちの会社がつぶれることはないですよね』と決め込んでいるノー天気なやつだらけだ。特に、部課長連中の意識が低いのには参るよ。俺がこれほどはっきりビジョンや戦略を示しているのに、『社長の仰っていることが正しいのはよく分かるのですが・・・』と言うばかりで、一向に具体的な行動に移す気配がない。俺が言ってることが正しいと思うなら、どうしてすぐやろうとしないのか。いっそのこと部課長を“全とっかえ”したいくらいだよ」。
確かにお話を伺っていると、社長は市場環境の構造的変化を的確に把握していて、会社の体質や方向性を変えていかなければならないことを痛感している。仰っていることは全て理に適っているし、「こんなに優れた経営者がいるのに、なぜ会社が変わらないのだろう?」と不思議にすら思えてくる。
かつて日本的経営が“御神輿(おみこし)型”と揶揄されたことがある。社長や役員はただ御神輿に乗っているだけで、実際に会社を動かしているのは中間管理職や一般社員というわけだ。へたに社長が「ああしろ、こうしろ」と言うより、社員に任せて自分は「わっしょい、わっしょい」と音頭だけ取っている方がうまくいった時代である。しかし、バブル経済とその崩壊、失われた10余年を経て日本の経営シーンも大きく変わった。御神輿に乗るだけの人はもはやトップの座につくことは許されず、自ら明確なビジョンと戦略を示し、会社を方向付けられるリーダーが社長として相応しいと考えられるようになってきた。方や地球の裏側で、日本より一足先に構造不況の辛酸を舐めた米国では、早くも80年代にGEのジャック・ウェルチ、90年代にはIBMのルイス・V・ガースナーなどリーダーシップ溢れるカリスマCEOが登場し、強力なトップダウンによる企業変革の成功神話を生み出した。遅れることおよそ四半世紀、21世紀に入って日本でもトップ主導による企業改革の成功事例が耳目を集めるようになってきた。その最も象徴的存在は、日産の奇跡的再生を成功させたカルロス・ゴーンであろう。歴代の日産社長が決して成しえなかった“痛みを伴う改革”を次々と断行し、利益率でトヨタを凌ぐエクセレントカンパニーに日産を変貌させた功績はウエルチやガースナー以上とすら言えよう。ゴーン改革に触発されたのか、日本企業がトップを選ぶ基準に明らかな変化が起こりつつあるようだ。筆者がよく知る日本の大手企業においても、強力なリーダーシップと優れたビジョンを兼ね備えた方々がトップの座につくようになった。「いよいよ日本も、ビジョナリーなCEOによる企業変革の時代に突入か」、そんな予感がしていた矢先にカリスマ社長の口から漏れてきた言葉、それが「うちの社員はどうしてこんなにレベルが低いのか・・・」という嘆き節だった。
両者とも優れたビジョンとリーダーシップを有しながら、ゴーンは日産を鮮やかに再生させることに成功し、方や“嘆きのCEO”は会社を変えきれずに今なお悩み続けている。ゴーン革命については数多くの本が出版され、成功の要因について様々な解説がなされている。最も通俗的な説明は、「彼が外国人だったから、日本的なしがらみに囚われず思い切ったリストラが出来たため」というものだが、これはあまりに表層的な見方だ。確かに、村山工場の閉鎖に代表される初期のリストラ策は日産再生の重要な第一歩ではあった。しかしそうしたコスト削減だけに終始していれば変革に持続性がなく、今日の日産の復活は決してありえなかっただろう。
筆者は、トップダウン型変革の成功のカギは以下の3つに集約されると考えている。まず第1は、トップの示すビジョンや戦略が概念的、抽象的なものではなく、マネジメント層が事業戦略を考える上での具体的指針を与えるものであること。「世界最高水準の製品とサービス」、「顧客視点に立ったビジネスソリューションの提供」、「人と地球に優しいバリュークリエーションカンパニー」など、一見非の打ちどころがない企業理念やビジョンを掲げている会社は多い。しかしこうした抽象度の高いビジョンは、往々にして“社員の腹に落ちない”ものになりがちだ。「社長が語るビジョンは確かに正しいとは思うが、自分の担当している事業にどう適用すればいいのかよく分からない」という部課長の怪訝そうな顔が目に浮かぶ。社長にすれば、「そんなことぐらい自分の頭で考えたらどうだ。一々俺に聞くのか?」と言いたくなるのであろうが、実は部課長にとってこれは大変な難題なのだ。日本企業では比較的ジョブローテーションが少なく、一つの事業領域、専門分野で育った中間管理職が多い。そのため担当事業に関する知識は豊富であり、過去の経験に基づいて効率よく仕事をこなす能力は非常に高い。しかしひとたび事業を取り巻く環境が大きく変化し、今までのやり方では通用しなくなると話は違ってくる。前に進むのは得意でも、進む方向を変えた経験がほとんどないからだ。だからトップから「向きを変えろ、もっと右だ」と言われても、どの程度右に操縦捍を倒せばいいのか見当もつかない。右に倒しすぎて慌てて左に戻しているうちに、ダッチロールに嵌ってしまうことにもなりかねない。そんなときにトップは何をすべきであろうか?最も有効なことの一つは、トップ自らが具体的に舵の切り方の手本(事例)を見せることである。手本を見せることにかけては正に天才的と筆者を唸らせる経営者の一人が、アップルコンピュータ創業者のスティーブ・ジョブズである。80年代にはIBM PCに席巻されそうだったパソコン市場に画期的なGUIを備えたマッキントッシュでカムバックし、アーティストや建築家などグラフィックスにかかわるプロフェッショナルから圧倒的な支持を獲得した。また最近では、音楽をインターネット経由でダウンロードして視聴するための斬新な端末i-Podを大ヒットさせ、脱パソコン路線が可能なことを実現して見せた。まさに「会社を変えるとはこういうこと」という見本であろう。ここまで画期的な手本を見せるのは容易なことではないが、日産のゴーンの場合にも彼自身が物事の判断をする際の手本となることに強くこだわっている。例えば新車のデザインに関する決定も、部下に最終2案にまでは絞り込ませるが最後の二者択一は彼自身が行うと言われている。正解が存在しない車のデザインの世界で、敢えてトップがリスクを取って判断する姿勢を見せることで、社員一人一人がそれぞれの持ち場で日々どのように判断し行動すべきかの指針を示しているように思われる。
第2のカギは、部課長に戦略立案と意思決定の方法を徹底的に学ばせることだ。既に述べた通り、専門職的な環境で育つ日本の中間管理職にとって、戦略的に物事を判断する機会は稀である。そこで必然、OffJT的な教育を含めて戦略立案力、判断力を養う必要性が生じてくる。OffJTと言うと、とかく教科書的な講義やケーススタディのようなものを思い浮かべる方が多いかも知れないが、最も有効な戦略思考力の養成方法の一つは、自社の具体的な経営課題を研修の場で取り上げて、優れた講師の指導の下に課題解決策を立案するトレーニングを積むことである。また個人としての思考力、判断力を磨くだけではなく、会議のマネジメントも組織としての判断力アップにおいて極めて大切である。これにはファシリテーション研修が有効である。ファシリテーションとは、会議の参加メンバー全員から効果的に情報やアイデアを引き出し、闊達な議論を通じて優れた結論を導くための会議進行方法を指すもので、近年日本でもその重要性が認識されてきている。日産の場合には、課長クラスのほぼ全員に対してファシリテーション研修を実施し、ホワイトカラーの生産性を高めることに成功したと言われている。
そして最後のカギ、それは言うまでもなく社員一人一人の戦略実行力を高めることである。トップがどのように優れたビジョンを示し、中間管理職がどのように優れた事業戦略・製品戦略を立案しようとも、社員の戦略実行能力が低ければ変革の果実は得られない。ここでも再度強調しておきたいのは、過去の経験の延長線上にある通常業務の実行能力と、外部環境の変化に臨機応変に対応し新たな競合優位性を築くための戦略実行能力は異なるという点である。通常業務の実行能力はOJTで学ぶのが一番であるが、戦略実行能力となるとOJTだけでは機会が限られ限定的な効果しか期待できない。そこでやはりOffJTとの組み合わせが必要になってくる。日常業務では遭遇しない様々な課題を与え、問題解決の方法論を駆使しながらソリューションを見つけ出すトレーニングが戦略実行能力の開発に有効である。例えば、設計技術者に敢えて営業上の課題を考えさせたり、逆に営業担当者に製造現場の問題を考えさせるなど、極力異質な問題に取り組ませることで本人の思考の幅と柔軟性が広がり、不測の事態に対する対処能力を高めることが可能になる。
全国のビジョナリーな経営者の皆様、社員のレベルの低さをお嘆きになる前に、是非今一度3つの成功のカギを手にしているかチェックされては如何でしょう。その上で嘆き悲しんでも決して遅くはないものと存じます。(文中敬称略)
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