企業をとりまく財務環境の変化~資金調達の視点から


財務知識の重要性は理解していながら、とっつき難いという理由で、それをなかなか自分のものにできていない方は多いようだ。「まずは複式簿記を学んで、それから会計にステップアップして、最後はファイナンスを少しかじって」という、初めからどっぷりと数字の世界に身を置いての学び方は正攻法かもしれないが、数字の世界は裾野が広いので時間もかかるし、普段自分が関わっている仕事のプロセスや視点と数字の世界観がうまくリンクせず、お腹に落として理解するのに手こずった経験をお持ちの方も多いのではないだろうか。ビジネスと数字それぞれの世界は互いに密接にリンクしているが、各々の世界で使われる言語やルールは異なっており、アタマの切り替えを必要とする。スムースな切り替えを行なうためには、数字の世界の中だけで知識を溜めるのではなく、事業活動として「やったこと」は、財務数値のどこかに「結果」として記録が残るのだということを念頭に置いて、数字とその背景にある事業活動との結び付きを都度イメージする機会を持つことが重要だと思う。また、すべての数字を理解していなければならないかというと、そうではなく、ビジネスリーダーとして自分がやるべきことを起点に、理解・活用すべき数字を選択するという意識を持つことも財務知識の理解を早めるポイントだと筆者は考えている。ここまでを整理すれば、(1)ビジネス数字の世界を大括りの構造で捉えること、(2)その世界を構成する主要な数字のグループとその背景にある事業活動との関係をイメージとして理解すること、そのうえで、(3)自社の事業活動にとって重要な数字の具体的な定義や管理手法などを理解していけばよいと思う。
本コラムでは、これから数回に渡ってこのような観点からビジネス数字の世界観を紐解いていきたいと考えている。
~まず、企業を取り巻く財務環境の変化を考えてみる~
個人でも企業でも何かを始めようとすれば元手がいる。そこで、本コラムの第一回は、「企業活動の始まりは必要な資金の調達から」という観点で企業を取り巻く財務環境の変化を考えてみたい。
まず、私たち個人も含め、資金提供者は大きく2通りの金融市場に対して資金を投じていると言われる。1つは間接金融市場、いわゆる銀行の預金など、安全に運用して欲しいお金を預ける市場だ。もう1つは直接金融市場。金融機関を通さず、直接企業にお金を投資する手段で、社債、コマーシャルペーパー(CP:無担保で短期の資金調達を行うために、割引方式で発行される約束手形であり、期間は1年未満、発行額は1億円以上。)、株式といったものがある。まず、間接金融市場について企業を取り巻く環境を考察してみたい。この市場に投じられたお金は金融機関が預金として預かり、企業に貸出しという形で投資・運用する。このとき、預金者は預けたお金を安全に運用して欲しいと願っているので、金融機関は貸付先企業の審査を厳しく行なうだけでなく、万が一返済不能となった事態に備えて、原則、貸出し金額に見合うだけの資産を担保として押さえる。言い換えれば、金融機関は企業が現在保有する資産の価値に投資していることになる。お金を借りる側の企業から見れば、間接金融市場で調達できる資金は自身が保有する資産の担保価値までということになるが、ここ数年で、担保価値が目減りするような環境の変化がいくつか見受けられる。第一に、2000年4月から適用された時価会計という制度は株式など企業が保有する金融資産を対象に、実勢価格での評価を義務付けた。ここ何年も株式市場は盛り上がりを欠いており、投資した時点の価格から価値が下がった金融資産を抱えた企業は、その分だけ資産価値を減らしている。第二に、減損会計という制度が2005年4月から完全適用になる。金融資産以外の固定資産を対象に、稼ぐ力の衰えた資産をその力に見合った金額で再評価するという主旨だが、これも多くの企業が資産活用に頭を悩ませ、また、2005年4月を待って一括で評価替えをせず、ここ何年かに分けて前倒しで評価を見直している様子などから、資産価値減少への影響は少なくないと推察される。さらに、各種引当金の増加、たとえば、景気悪化によって売掛金の貸倒れが増加するなど回収懸念の高まり、市場ニーズの多様化や商品・サービスの陳腐化までの期間が短くなるなどにより、在庫の評価損が膨らみ資産が目減りするなど、間接金融市場から資金を引っ張る担保余力が削がれている様子がうかがえる。
このような環境のもと、企業としてはもう1つの資金調達手段である直接金融市場に期待したいところだが、ここでも不安要素がないわけではない。間接市場が担保など目に見える資産価値に投資するのに対して、直接市場はごく一部のものを除いて担保を要求することはない。代わりに、企業のこれからの稼ぎすなわち「将来価値」にお金を投じるという考え方をとっている。だが、ここ数年の市場トレンドを見ると、社債やCPの発行に際して取得する必要がある格付の引き下げが相次いだり、株式市場の沈滞ムードの持続など、日本企業が描く将来成長シナリオに対する不信感という市場のメッセージを肌で感じる機会が多いように思う。
このような環境から炙り出される日本企業の課題は何だろうか?第一に、間接金融市場における資金調達力を高めるためには資産価値の回復が必要だ。ここで、(1)現金に近い資産ほど価値が高い、そして(2)活用できている資産ほど価値が高い、という2つの原則を念頭に置きたい。第二に、直接金融市場における投資対象としての魅力を高めるには、(1)将来成長シナリオの魅力を高め、(2)描いたシナリオと取り組んだ成果との乖離を減らすことがポイントとなるだろう。以上から明らかになることは、「資産活用の幅・深さを増して、お金が儲かる・伸びるシナリオを実現すること」と言えそうだ。
そこで、今、多くの日本企業がこの課題に対してどのような解の方向性を示しているかについて考察してみたい。多くの企業は組織構造を見直し、経営における2つの観点、すなわち事業経営とそれら事業の集合体であるグループに対する経営、の持つ意味合いをより明確に示し、そして実践できる環境をカンパニー制や持株会社化といった形で構築してきた。一方、外部環境に目を移せば、市場は嗜好の多様化などを背景に細分化が進み、競合状況は地域や業界の枠を越えて戦線が拡大している。このような環境のもと、細分化した市場において持てる資産を活用し、より多くの稼ぎを得る機会は事業経営のリーダーが自身のWHAT構築という形で掘り起こし、グループ経営側は事業経営のリーダーが提示した戦略シナリオを投資家の視点で評価し、投下する資金量や既投資の引き揚げの判断を行なうといった運用の枠組みも定着しつつある。いわば、1つの企業の中に金融市場と事業体が存在している構図となるが、企業の中に存在する金融市場であっても原則は外部の投資家の視点と同様の理屈で動くことが求められていることは疑いなく、ビジネスリーダーは事業家の視点で財務の世界観とその動作原理を理解したうえで、数字の背景でどのようなビジネスの動きがあったかを都度イメージし、それを語れる存在になることが求められるだろう。
次回はビジネス数字の世界を構成する3つの分野について、それぞれの意味合いや関連を見ていきながら、理解を深めていきたいと思う。