スローキャリア人材の活用法


スローキャリアとは私の造語だが、誤解の無いように説明すると、仕事やキャリアに無関心で、のんびりとした人生を送りたい人ではない。むしろ仕事や自身のキャリア形成には前向きな行動を取っているのだが、上昇志向・達成動機があまり強くない人たちだ。アントレプレナーや経営者、スポーツ選手、歌手などのタレントも含めて、いわゆる成功者たちには、上昇志向のとても強い人たちが多い。これ自体は良いことだし、強い上昇志向や達成動機が、困難な変革などを成し遂げる上で重要だ。
しかしわれわれ慶応のキャリアラボの調査でも、20代の若い人たちを中心に、仕事や人間関係、スキル構築には前向きで、自分らしいユニークなキャリアを作りたいとは思っているが、出世や報酬にあまり関心が無い、いわゆる非上昇志向系若手優秀層とも言える人たちが増えている。上昇志向の強い経営者たちからは、下手をするとダメ人間とか、競争逃避組とでも思われかねない。彼らの人材マネジメントをどうするかは、企業にとって大きな課題だと思っている。
最近はどの企業も、ビジネスリーダーの育成に熱心である。確かに新しい事業を起こしたり、組織を変革するようなビジネスリーダーの不足は、目に余るものがある。しかし、ビジネスリーダーだけでビジネスができないのも事実だ。特に人が第一線で生み出す創造的価値が重視される業態では、高度プロフェッショナル人材や顧客接点人材の育成確保に、優位性がかかっているケースも少なくない。このような人材には、必ずしも上昇志向の強くない人たちが向いている。
私は、個人のパーソナリティーを形成する内なる動機を大きく3つのタイプに分けている。まずが上昇志向・達成動機、つまり上昇や高い目標へのチャレンジに指向性が高い、目的合理的な動機だ。もう一つは対人関係に関する動機で、人に感謝されたい、人に親切にしたい、人と仲良くしたいなど様々ある。3つ目はプロセス系の動機で、新しいアイデアを考えるのが好き、逆に淡々と継続するのが好き、抽象的概念的なことを考えるのが好き、など何かのためというよりそのプロセスそのものにのめり込むような動機だ。当然自律的創意工夫を求められる高度プロフェッショナル人材や顧客接点人材には向いていることになる。
ただし、過去の全社員が上昇志向であるということを前提にした、序列性の強い人事制度で処遇しては、彼らは流出するか、あるいは自分たちは組織の第二市民だと感じて、コミットメントを低下させてしまう。年功序列の何が悪いのか、考えてみよう。年功で序列を決めていれば確かに上昇志向の強い若手優秀層はリーダーとして育成出来ないか、不満を持ち流出するかだ。しかしスローキャリア人材は、序列を重視する価値観そのものとなじまない。支配的管理的マネジメントスタイル、現場より本社が偉いという価値観、昇進昇格を重視した、あるいは金銭的インセンティブを重視した制度では、彼らを活用できない。
さらには、多様な働き方やダイバーシティーの実現、自律的キャリア形成の重視と支援なども重要だろう。また目標管理も、目的合理性でモチベーションを高くしにくい人たちだから、明確な数値目標というより、期待成果や期待役割の共有という程度にしたほうが良い。
右肩上がりの時代が終わったということは、上昇志向により皆がモチベートされる時代が終わったということにもなるのだろう。
高橋 俊介
■関連用語
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