Leadership Stories / 苦労して、たくさん失敗して、そこから何かを学んでください

苦労して、たくさん失敗して、そこから何かを学んでください

(2006年12月12日)
株式会社産業再生機構 代表取締役専務(COO)
冨山和彦氏
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冨山和彦氏
株式会社産業再生機構 代表取締役専務(COO)


冨山和彦(とやまかずひこ)氏プロフィール:1985年東京大学法学部卒業。1992年スタンフォード大学経営学修士及び公共経営課程修了。1985年株式会社ボストンコンサルティンググループ入社。1986年株式会社コーポレイトディレクション設立に携わる。2001年同社代表取締役社長就任。2003年4月に株式会社産業再生機構代表取締役専務 業務執行最高責任者(COO)に就任。


――産業再生機構のCOOとして、これまでに数多くの変革リーダーを支援先に送り込んできたことと思いますが、成果を生み出すことのできる経営者や変革リーダーに必要なもの、リーダーに重要な資質とはどのようなものとお考えでしょうか。

一つの要素は、胆力とかハートの強さですね。肝の力。ハートの力。リーダーとして、ある判断をしたり決断をしたりするわけでしょ。そこで、その判断を誤らないときに一番大事なもの、あるいは苦しい状況下でパニックに陥らないということでもある。ある意味ストレス耐性と言ってもいいかな。これはとにかく、最低条件ですね。これがないと持たないんですよ。生物的に倒れちゃう。

それから、あと二つあります。ひとつは、冷徹かつ合理的な判断能力。特に経営、経営ってビジネスをやっているわけですけど、ビジネスは基本的に損得勘定でものが決まる世界ですから、それはもう冷徹なんですよ。100円のコストのものを50円で売ったら50円損が出ちゃうわけで、それでは会社潰れますから、50円でしか売れないんだったら、50円より安い値段で作るようにするか、そもそもビジネスやめるかしかない。こればっかりは松下幸之助さんだろうが稲盛和夫さんだろうが誰がやったって同じなんです。この方程式にはどんな名経営者であろうと逆らえない。だから逆に言うと、本当に大事なことはそれこそ骨太のところで間違わない判断力。そこで大事なのは、本質ですよね。この経済構造、インダストリーエコノミクスの一番肝のところはなんであって、大きなバサっていう判断能力っていうのかな、それが大事です。小頭がいい必要はないです。たとえば、大学入試の共通テストとか、公務員試験とかで点数がいいとか、そんな頭の良さはまったくと言っていいほど必要ありません。もっともっと根っこのところ、1+1=2みたいな一番本質のところをとらえる、そういう判断能力ですね。

toyama03.jpg 一方で、そういった方程式を成り立たせているのは、機械じゃないんですよ、そこで働いている人間なんです。だからもうひとつは、人間に対する影響力。リアルなね。分かりやすく言うと、よくアメとムチって言うでしょ。あなたはアメもムチも無い状態でどれだけ人に言うこと聞かせられますかってことです。実は、アメとかムチを使うというのはすごくコストがかかることなんです。時間もお金もかかっちゃう。だから人の心をお金で買うっていうのは最低の経営で、人の心は人望で買ったほうが安いんですよ。だから人の心をお金で買えると言っている人もいたりするけど、そういうことを言うような人は経営者としては相当素人。その二つかな。

ただ、この二つはえてして矛盾します。人望のある人というのは、とかく冷徹かつ合理的な判断能力がない人が多い。だから非常に難しいのは、この二つを両立させることなんです。われわれがやっているのは経済戦争ですから、戦争に例えると分かりやすいと思うんだけど、すごく激しい戦争を戦わなきゃいけないシチュエーション、つまり極限の状況では、そこで戦っている兵隊の士気とか人望を集めていない指揮官は基本的にはベストパフォーマンスを発揮できないんだよね。戦っている兵士が言うことを聞いてくれないから。一方で戦争というのは、ある状況下では、ある部隊は捨て駒に使わなきゃならない。それって、情において忍び難いんですよ。だけども、この局面は捨て駒にしないと、全体がやられてしまうという状況は、実際の経営の中では起きるんですよ。そこは冷徹に捨て駒にしないといけないんだよね。なので、指揮官は矛盾を抱えこむわけ。人間的影響力は実はうそや演技では結局生まれないので、人間的な影響力を持っている人というのは、ほとんどの場合、本質的には、そこで捨て駒になっていっちゃうような人たちに対しても本当に愛情を持っている人なんです。カリスマティックなケースもあるけど、まあカリスマもそうだな。そういうタイプの人が本当の影響力を持つのね。やっぱり相手の痛みとか、相手のつらさとか共有できているから。一番根っこにある価値観、何が嬉しいとか、何が悲しいとか、何が痛く感じるとかってことを共有できているからアメもムチも無しに影響力を及ぼすことができる。その部分に関しては、特に再生なんて局面だと、これは100%、絶対うそは通用しないんですよ。本気でそう思わないと、絶対そう思ってもらえない。そういうところの感性って、人間はある意味動物だから、動物的本能で見抜いちゃうわけ。そこは本気でそう思っていれば、捨て駒にするときは、すごく本人も傷つくんですよ。捨て駒の人たちに対して感情があるから。なので、大変なわけ。それでストレス耐性がないとそこで耐えられなくなってしまいます。

――産業再生機構では、そのような資質のある人を見つけてきて、再生先に派遣されていらっしゃるのですよね。

そういう人材なんだろうなって思って送り込むんですよ。だけど、現実にはそうちゃんとは機能しないですよね、やっぱり。そんなこといっても難しいから。現実にそういう状況に必ず追い込まれるんです。戦いで言うと、必ず、非常に厳しい白兵戦になるわけ。うちから送り込まれた指揮官は、必ずこういう状況にはまるわけです。最初から100%その通りにこなせる人っていうのは10人に1人、いや1人もいないかな。

――特にこの人にはそういう資質があるというのはどうやって見抜くんですか?

そうだなあ、あえていえば、その人の生まれ育ち、それまでの人生の過ごし方っていうのが、どれくらいタフだったかっていうことですね。それに似たようなつらい状況を潜り抜けてきたかどうか、とか。まあ、誰も望んでいく奴はいないでしょう。いやおうなくそういう状況で、そんな修羅場をうまく潜り抜けられる奴なんて1人も居なくて、必ず傷ついているんですよ。あと、そういう時は人を傷つけてもいるんです。傷つけ、傷つけられっていう中から、本当の意味での胆力がついてくるんですよね。だけど、残念ながら、今の日本の社会っていうのは世界の中で比較すれば、おそらく世界でもっとも平和で、豊かな社会ですから。普通はそういう環境には必ずしも恵まれていないんです。


 リーダーの資質に大きな影響を与えるのは修羅場の体験の蓄積

――今の日本では冨山さんのおっしゃるようなリーダーは現れにくいということでしょうか?

現れにくいです。現れにくいので、毎回経営者選びには苦労しています。うちから送り込んだ人間だって、基本的には安全な、暖かいおうちでぬくぬくと育ってきたインテリエリートがほとんどですから。色んな立場で(再生先に)突撃させますけど、最初のうちはもうぼろぼろですよね。体中傷だらけになっちゃって、それこそ戦場だったら、片足一本くらい地雷で吹っ飛んじゃったみたいな感じになるんですよ。実際参っちゃう人間もいますが、問題は、そこからどう戻ってくるかなんです。僕も昔はそうでしたけど、基本的には、うちから行っているような人間、あるいは、外から引っ張ってきた人ってわりとエリートっぽい。そういう人というのは、基本的には頭のいいバカなんです。頭のいいバカが戦場に行くと、一番先に弾に当たるんですよ。戦場って理屈どおり動いてくれないから。だから実際の野戦に放り込んだら最初にまず片足くらい飛ばされるわけですよ。問題は、それで一回ぶくぶくって沈んでから、どうやってもう一度浮かび上がってくるかっていうところ。ここから本当の学習が始まる。

例えば再生企業にいる人たち、古い会社のややこしい組合を仕切る百戦錬磨のおじさんとか、田舎の旅館の仲居さんとか、そこで働いている人たちは結構壮絶な人生を渡ってきている人が多いわけです。それがある日、都会からもやしみたいなインテリが来て、経営はこうですああです、こうしましょう、ああしましょうって言ったって、そもそもそんな話聞いてないよね。多分、(フーテンの)寅さんの話だったら聞いてくれますよ。でもね、寅さんみたいな人、残念ながらうちにはいないから、結局言うことを聞いてくれない。そうなると、そういうインテリエリートは相手のレベルが低いって文句を言い始める。でもそれは結局相手がバカなのではなく自分がバカなんですよ。相手が心を開かないとコミュニケーションは成り立たないという、人間と人間においては一番基本的なことで苦労してきてないから、そういうことが起きちゃうんです。こういうインテリエリートは同じような知的水準で同じようなことに関心がある人同士の世界でしか生きてきてないことが多い。非常に同質性の高い、限られた世界でずっと生きてきているから、全体の世界に突然ぼんと晒されたら、どう何をしゃべっていいのかよく分からなくなっちゃう。でも世界っていうのは、むしろそうじゃない世界のほうが普通であって、そういう当たり前のことを彼らは初めて体験するわけです。そこでやっぱり一回ぼろぼろになる。そんなときには、「バカって言ってるお前がバカだ、しばらく修行して来い!」なんて話をする。そうすると、うなだれてとぼとぼと旅館に帰っていくわけです。そこから学習が始まって、半年くらい経つと、話を聞いてもらえるようになったりする。

たとえば、ビジネススクールに行くこともいいことだし、本読むこともいいことなんですよ。知識を吸収することとか学ぶこととかは大事だし、お勉強ができること、頭がいいことも悪いことじゃない。だけど、結局その段階っていうのはまだ知識とか、スキルが肉体化されていないんです。それを実際の修羅場、現実の戦場で肉体化するっていうこの両方がそろってはじめて人間が作られていくというプロセスになっている。でも、いまの社会は残念ながら、肉体化する部分がものすごく欠けているんですよ。少なくとも普通にサラリーマンをやっていたらそんなチャンスはないですから。サラリーマンだってある意味で予定調和的に色んなものが段取りされている状態ですから、段取りされている中である台詞を言っていればいいわけですよ。だから脚本もない、美術とか助けてくれる人がない中で、お前全部1人で舞台作ってみろって言われないと本当の経営的修羅場ではないんです。しかも、そもそも聞く気のない人が観客席に座っているわけでしょ。脚本も、どうやって観客に受けるかっていうことは自分で書かなきゃいけないわけですよ。最初は絶対受けないですよ。誰も聞いてくれない。しょうがないわねって感じで1時間聞いていてはくれる、だけど舞台が跳ねた瞬間にぱっと帰っちゃって、何も残ってない。そういう体験ですよね。その部分に関しては、それはもう体験しかないですよ。まずその肉体化する体験というものなくして、いくら何をやってもダメですよ。いいプランがあっても現実の改革は成功しないんです。

toyama05.jpgリーダーの資質というのは、先天的な要素はあるんでしょうけれども、私はそういった体験の蓄積っていう後天的の要素のほうが大きいと思います。まあ、もともと先天的に資質のない人はそういう体験をしてみて、自分に向いてないって思ったらやめるから。「マネージメントとかリーダーとか、あたしは向いていません」と。こんな因果な商売、多少お金もらえるくらいでは出来ませんって気がついてやめていくはずなんです。今の日本は、そういうテスト無しに偉くなっちゃうから問題なんですよ。だから資質のない人が(経営者を)やることになったりしているわけです。日本人は基本的に、組織的に行動するのが向いているという民族性を持っているので、日本の企業はシステムとして、組織体としての経営が比較的回りやすい。でも、ある局面ではそれだけでは戦争が出来なくなって、本当に指揮官に色んな負荷がかかるわけですよ。さっき挙げた決断力、人間を動かす人間力という側面でも、負荷がかかると大体みんなだめ。ほとんど全滅ですよね、日本の会社って。

胆力、冷静かつ合理的な判断能力、人間に対する影響力、大きく言うとその3つですね。他には・・・細かいことを挙げたらきりがないんだけど、古典を読んだりするとそこにも色々参考になることがある。例えば、カエサルのガリア戦記。あの本はカエサル本人が書いたのに、自分を三人称で足し算も引き算もなく書いている。あれは、リーダーの資質なんです。自分という人間をまったく別の自分の人格が客観的に見ることができる。三人称化したら、あそこまで普通書けないんだよね。どうしたって主観が入るんですよ。自分を美化したいって思うから。それと、カエサルの仕事の3分の2くらいは行政なんですよね。そうすると戦争するときにも、どういう勝ち方をするか、戦後統治をどうするかっていうことを計画した戦争の仕方をしています。これも経営者の視点なんですね。経営者って常に複数の軸、時間と空間の間尺を持っていないといけなくて、時間で言うと、再生会社は、今日生きなきゃいけないでしょ。今日生きないと明日が来ないから今日生きなきゃいけないってことを考える。でも、今日生き延びるための生き延び方が1年後を犠牲にしていてもだめなんです。あるいは今年1年うまくやるってことが、10年後のこの会社を犠牲にしてはならない。そうすると今日1日っていう軸、あるいは1ヶ月という軸、四半期という軸、半期、1年、場合によっては100年、その複数の時計の短針長針秒針を持っているっていうことがすごく大事です。それを行ったり来たりできる能力、それがないと経営は間違ってしまうんです。おめでたいビジョンばっかり言っているけど今日1日生きる能力がない、あるいは、今日1日生きる能力はあるけどその先は全然ビジョンがない、って人間どっちかになるわけです。一つの時計をもつことはできるんです。ところが、複数の時計をもつのは、ある程度器用じゃないと、本当の意味でスケールが大きくないと出来ない。織田信長もそのスケールに近いタイプだね。戦闘に勝つという能力から100年後200年後の日本を考える能力、全部持っている。

 経営という仕事の究極的な目的

――冨山さんも現在産業再生機構のリーダーとして活躍されているわけですけれども、それこそ負荷のかかる、かなり厳しいお仕事なのではないかと推察します。そんなリーダーとしての冨山さんを支える信念や、よりどころみたいなものは何かありますか?

そうだなあ。経営っていう仕事を何のためにやっているか、その究極的な目的っていうのは、その集団を構成している一人ひとりの人間、あるいはそれにかかわっているお客様であるとか、債権者もそうですね、そういった人たちにとって、自分がかかわった場合とかかわらなかった場合で、幸福の総和が大きくなっている、ということなんだと思うんですよ。もちろん個別には結果として不幸になる人も幸福になる人もいるんですけど、かかわらなかった場合よりも、幸福の総和が大きくなるということです。だから経営にかかわっていくっていうことは、最後はそこに戻って、自分のやっていることが正しいか正しくないかっていう判断をするんだと思うんですね。ただ、営利法人であれば、利益をあげるっていうことはそれをやるための必要条件です。要は、利益をあげないと、従業員に飯食わせられないんだから。それは株主に配当する以前の問題ですよ。だから利益にこだわるんだよね。でも究極の目的が利益をあげるっていうのはありえない。それは最低限クリアしなければならない手段です。それは、どんな組織を引っ張っていても自分の価値観の中にあります。

そのときに、誰をして「人」と言っているのかというと、私や今の時代に生きている僕らくらいの年回りの人から見たら、それは僕らより年上の人たちではないんです。あえてトレードオフになったときどっちかを選べと言われたら、次の世代を背負っていく若い人、あるいは子供たちを選びます。そのほうが大事なんです。そこはわりとはっきりしていますね。だから、年寄りの雇用を守るために若い人を採らないって言うのは僕には理解に苦しむ。これもちゃんと僕なりにある種の総括があります。
もちろん、年寄りって言っても、大正とか明治、昭和一桁、あるいは戦前生まれの人たちは敬意を表すべき世代だと思ってるんです。ところが、団塊の世代くらいから僕らの世代までっていうのは、色んな歴史の中で、やってきたことの中身が、敬意を表するに値しないと思っているんですよ。実は、この世代は今までたいしたことをやっていない。そのわりには、世代の平均値としてすごく恵まれてるんです。すごくいい思いしています。歴史と時間と空間を大きく広げて考えてみると、第一に僕らの世代がいいっていうのは、それは若い人たちもそうなんだけど、戦争に取られて死んじゃうっていう恐怖感が現実論としてはないでしょ。抽象的にはあるかもしれないけど具体的にはないんですよ。それって、人類史の中では画期的なことなんです。それがもたらす安心感ってすごい。団塊の世代以下っていうのは、物心ついたらもう戦後ですから。急に戦闘機が飛んできて、撃たれて殺されちゃうとか、爆弾が落ちてきてそれで殺されちゃうっていう感情もない。だけども、世界中そういうことはまだ今だって普通なんですよ。それ考えると時間的にも空間的にもすごく恵まれた世代なんです。toyama04.jpgあと、豊かさっていう意味で言うと、私の定義では、人間が感じる豊かさというのは絶対値ではないんですよ。だから物質的な豊かさを誰が一番感じるかというと、おそらく昭和30-40年代の日本人が一番感じていたはずです。昭和30年代の日本には、まずテレビがなかった。それがある日、白黒テレビがやってくる。それが40年代に入ると、カラーテレビに変わり…、というのが、色々出てくるんです。ネタがいっぱいあった。自分の身の回りにそういうことが毎年起きていくわけ。そのときに一番感受性の強い時代をすごしているわけですよ。要は、団塊から今の40代って、その幸福、幸福感というものを一番実感として感じられる時代をすごしている世代なんです。多分、世界人類史上、空前に恵まれた世代です。だからその世代の人は、次の世代に何が残せるかってことを真剣に考えるべき人間的責任を負っていると僕は思っています。社会が長期的に繁栄し続けるかどうかというのは、ひとつにはそういう世代がそういう責任感を持っているかということで決まるような気がするんですよ。


 人間にとって一番大きい幸福感は「成長している実感」

――それでは最後に、まさに次の世代を背負っていく人たち、これからリーダーを目指す人、リーダーとして現場で頑張っている人たちへメッセージをいただけますか。

メッセージはわりとシンプルでね、「とにかく二つ道があったら難しいほうを選びなさい。」「それで苦労しなさい。」「そこで失敗をしてください。」「そこから何かを学んでください。」ということです。それをこれから10年やった人とやらない人では取り返しがつかない差がつきます。たとえば、Over night success、一晩で手に入れる成功っていうのは、別に変な倫理的意味じゃなくて、その人を成長させないんですよ。人間にとって持続する幸福感で一番大きいのは、成長している実感なんです。僕はいろんな人を見てきたけど、Over night successでいきなり100億円手に入れてその後幸せになっている人を見たことがない。僕の周りにも結構いるけど、基本的に誰も幸せになっていないんですよ。修羅場に自ら入って苦労して、そのなかでいろんなことがあって、いろんな人と触れ合って、その中からお互いに人間が豊かになっていくプロセス、そうやって成長していくことが本当の豊かさであって、ある絶対値を手に入れるっていうことは、残念ながら人間を幸福にはしないんです。なんてことは昔の成功者はみんな言ってるよ(笑)。だからそれは真理なんです。どんな時代も、それはいつになっても多分変わらないと思う。

それと、若い人は特にそうなんだけど、苦労する中で決してハウツー本に飛びつかないこと。苦労したときに、古典を学んでください。どんな分野でもいいです。経営の世界の古典でもいいです、それこそドラッカーとか、渋沢栄一、松下幸之助でもいい。あるいは歴史の世界で言えば、論語も古典かもしれません、マキャヴェリの君主論も古典かもしれません。古典は、なんでもないときに読むとすごくつまらないでしょ。当たり前のことしか書いてないから。でも、苦しんでいるとき、そういうときに、夜中に読むと涙が出てくるよ。本当に自分が苦しいときに読むとね。それはね、大体同じくらい苦しんだ奴が書いているのが古典として残っているからなんです。同じくらい苦しんだ奴が、苦しんで苦しんで苦しんで書き残したものが古典として何千年、何百年と残ってるんですよ。


 苦しんだときに読む古典の力は偉大

――それは冨山さん自身もお若いときに苦しんでいたとき、そういう体験をされたわけですよね。

toyama02.jpg そうそう、若いときに、古典なんて読んだってつまんないんだよね。別に涙なんて出ないでしょ。だけど、仮にね、若いときに格好つけてしょうがなく読んだ古典とかあるじゃない。ところが、こういう仕事していて頭抱えてものすごく悩んだときに、むしろ古典的な作品のワンフレーズとかがよみがえってくるんです。若いときに読んだものがプレイバックする。それで、高校時代に読んだ本を本棚から持ってきて一生懸命読んでみると、そのときは違うメッセージに感じる。例えば、今の時代だったら明治の半ばくらいの人の心象構造と似通っている部分があるので、日本人の持つ古典的精神構造に根付いた日本の古典というものがあるし、世界の古典というのは、民族を超えた通用性をもっているからもっと古典なわけです。大体そういうものは真理なんです。人間社会の真理ってよくわからないんだけど、真理らしさでいうと、おそらく、長い間、時空が大きいところで通用しているものが真理なんですよ。それは理屈では説明できないけど、多分、真理なんだよね。読まれ続けているってことは、その中にいろんな人の何十億人の人の苦悩がそこに積み重なって出来上がってきているものだから、かなりいい線いっているはずなんです。たかだか30年40年生きているだけの私どもが考えるよりは深いんですよ。だからそこは信用していい、と思っています。だからやっぱり古典ですね。でも、急に読んでもダメですよ。イバラの道を進んで、苦しい思いをしているときに、読むんです。何でもいいんですよ、哲学本じゃなくても、文学でも何でも。さっき挙げたガリア戦記もそうですけど、古典を読んでいるとやっぱりすごいと思うことが多いし、わが身の未熟さを感じたりする。例えば、悩んでいるときって目の前のものに必死になっているじゃない。どうしよう、どうしようって考えちゃう。そんな時に、古典を読んでみると、ちょっとここで引いてみて考えようとかってなったりするわけですよ。目の前に二つ問題があって、どっちがいいか悩んでるんだけど、問題だけ見ているとどっちも五分五分だってことになっちゃう。今日明日を生きるうえでどちらも勝率は変わらない。でもどっちかを選ばなきゃいけない。そうなったらそこで軍配は出ないでしょ。でも、じゃあ1年後のこと考えたらどっちがいいんだろう?って見てみると優劣がつく場合があるわけです。・・・なんてね、冷静な時には言えるんだけど、その状況では頭に血が上っているから、それだけを見てどっちの手がいいかって必死になってぐるぐる考えているわけですよ。要するに大局観無い状態で考えている。そういう時に、古典を読むとふと気づきがあったりするわけです。やっぱり古典の力は偉大ですよ。何でもいいんですけどね。

――本当は参考までに、何かご紹介いただけるとありがたいのですが

じゃあ、敢えていくつか言います。ただ、絶対的にこの本でなくちゃダメというものではなくて、この本の種類が意味を持っているんです。そこは勘違いしないでくださいね。それじゃあ、うちの社員は(産業再生機構の期限が終わりに近づいているので)今どんどん辞めていくんだけど、そのときに必ずあげる本がありますのでそれを紹介します。1冊は内村鑑三の「後世への最大遺物」、それともう1冊は、マキャヴェリの「君主論」。そこにはメッセージがあって、この2冊、普通は両立しない二つなんです。両立しないんだけど、これを両方とも飲み込まなきゃいけないのが経営者、リーダーなんですよ。この二つを、仕事をして飲み込んで自分の中で消化できたら、最初に挙げたリーダーの資質、要件は相当いいところまでできているはず。でも普通は両立できない。内村鑑三だと、百年後のユートピアばっかり、それじゃ今日も生きていけないようなこと言っているし、マキャヴェリだと、今日は生きていけるかもしれないけど、その先どうするんだって夢も希望もなくなっちゃうでしょ。だけど経営者にはどちらの力も求められるからね。それがこの2冊にこめたメッセージなんです。この2冊に全ての問題を解決するいいことが書いてあるっていうわけじゃないですよ。内村鑑三が書いていることを本気にしたら会社すぐ潰れちゃうからね。

――両立しない二つを両立できて初めて、本当のリーダーになれるということですね。ありがとうございました。

※冨山氏の肩書きはインタビュー時のものです。


■インタビューを終えて
歴史や古典に大変お詳しい方で、お話が非常に面白く、そして何より痛快な方でした。団塊の世代のお話から必修科目の履修漏れ問題まで、様々なお話をさせて頂いたので、全部掲載できないのが残念です。色々なお話を分かりやすい例えを使って説明して下さるのでかなり壮絶な状況なのではないかと思えるものも面白く伺えるのですが、実際の場面で様々なご経験、修羅場を重ねて、それを乗り越えていらしたからこそ、このようにお話ができるのだと思います。お忙しい中、時間を延長してインタビューにお付き合いくださいました。どうもありがとうございました。(聞き手:インヴィニオ リーダーシップインサイト編集担当)

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