Leadership Stories / 心技体そして経験がリーダーを育てる

心技体そして経験がリーダーを育てる

(2006年11月20日)
株式会社リヴァンプ 代表パートナー
浜田宏氏
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浜田宏氏
株式会社リヴァンプ 代表パートナー


浜田宏(はまだ ひろし)氏プロフィール:早稲田大学卒業。サンダーバード国際経営大学院国際経営学修士。1982年山下新日本汽船株式会社(現株式会社商船三井)入社。1987 年アリコ・ジャパンを経て、1992年米クラーク・コンサルティング・グループ入社、同社在籍中、米国デルコンピュータ日本法人立ち上げに参画。1995年デルコンピュータ株式会社(現 デル株式会社)に移籍し、2000年同社の代表取締役社長およびアメリカ本社副社長に就任。2006年5月株式会社リヴァンプ代表パートナー就任。社団法人経済同友会行政改革委員会副委員長も務める。


――浜田さんは、2000年から6年間デル日本法人の代表取締役をつとめられ、その間に売上高を5倍、販売台数の国内シェアを9位から3位に引き上げて、日本市場のデルのプレゼンスを確立されました。浜田さんはデルではどのようなリーダーだったのでしょうか?

デルは非常にユニークな会社で、昔強烈な文化のある会社だったんです。デルの中では毎日が戦争のようなんですよ。競合相手を叩きのめせ、っていう言葉が飛び交って、本当にもう、強烈。僕はそのデルで、リーダーになっていった。強烈なリーダー。それは必要な役割だと思ってやっていたんですけど、最初のうちはそんな感じでした。当時は日本のIT業界でNo.1の武闘派として有名だったんで、未だにそういう評判になっているみたいですよ。僕と仕事しているって言うと今でもかなり驚かれるらしいです。ただ、社長時代の後半からは、だんだん会社も成熟してきて、その戦闘的なところを改めていこうという動きが全社的な運動になっていったので、私も戦闘的な牙は隠して、怒鳴ったり、バーンと机叩いたり、そういうのはしないようにしましたけどね。

hamada03.jpg そんな会社に集まってくるわけですから、デルに限りませんけど、外資って強い「個」の集団なんです。外資はやっぱりプロ集団で、就社意識というよりは就職だったりするし、家族愛みたいな愛社精神とか非常に情緒的に会社に寄りかかっているよりは、自分の価値や将来のことを考えている人たちが多いんですよ。それは良い悪いではなくて、そのためにただ普通の一般的なサラリーマンの数倍の努力とか勉強とかしてきている。競争の中で勝ち残っていこうという強い意志を持っている人たちなんですね。中には本当にカネって人もいるし、自分の出世のことだけ考える人も確かにいますよ。確かにいますけど、それは負の面で、(スターウォーズに例えると)フォースにもダークサイド(悪)のフォースと、もう一つ良いほう(善)のフォースがあって、良いフォースがそのまま強くなればジェダイになるんだけど、ダークサイドのほうになるとダースベーダーになっちゃう。日本企業にも、もちろん優秀な人材は多いのですが、トップクラスの外資系に集まってきている人というのは本当に頭もいい、努力をしてきた上昇志向のすごく強い人間が多いから。僕はいつも、いかにそのフォースがダークサイドに堕ちないようにするかっていうのを気にしていました。特にデルに集まっている人達っていうのは、「行くぞ!」っていう勢い、パワーのある人間が多かった。彼らがダークサイドに堕ちないようにといつも話しをしていましたね。将来の幹部候補生の研修なんかでもそのことはしつこく言っていました。直属の部下とは週に一回、30分から1時間、1対1で直接話をしたりとか。


 「頼れるのは自分だけ」という強烈な気づき 

――デルでは、強い「個」を持った人たちを率いて、成果を上げていらっしゃったわけですね。では、そのようなデルのリーダーになるまでには、ビジネスマンとしてのスタイルをどのように確立されていかれたのでしょうか?

僕は本当に勉強していない大学生で、最初に入った会社もようやく入れてもらったような感じだったんです。会社に入って、自分がいかに勉強していなかったか、未熟かというのを実感した。あと僕ね、会社入って最初に、強い違和感を感じたんです。僕はサラリーマンの家庭じゃなくて教師の家庭で育って、周囲にいわゆるビジネスマンやサラリーマンという人があまり多くなかったんです。ただ友達の親には一部上場の大企業に勤めているような人が多くて、一流企業のサラリーマンというのはビジネスをバリバリやっていてすごくかっこいいんだろうなってずっと思ってたんですよ。そんな期待を胸に入社したので、「ちょっと違うじゃねえか」ってね。無知だったからショックがあったんじゃないかと思います。それと同時に会社の業績が急に悪くなり始めて、これはまずいなと。自分は絶対くずれたくない!と心に強く刻み付けたんですね。サラリーマンメンタリティのまんまだと、会社は助けてくれない、別に国も助けてくれないし、家族も助けてくれるわけじゃないと。頼れるのは自分だけだという強烈な気づきがあった。自分はそうなりたくないし、絶対にならないぞ、と。そのとき強く思ったのは、「世界中どこに行っても、何をやろうと絶対に飯を食っていけるプロになろう」ということ。ビジネスの世界でプロになるためにどうしたらいいかを考えて、まずはもう一回ビジネス、経営を勉強しようと思い、MBAに行こうと決めました。そこから自分の修行時代が始まったんです。そのころから私は向上心とか、もしかしたら野心ですよね。それが強烈にできはじめました。フォースが「ぐわー」って出てきた。勉強も仕事も猛烈な勢いで始めました。

――自分はこうならない!俺はやってやるぞ、と。それはやはり、どこかに「俺はやればできる」という思いがあったということですよね。

最初は本当に自信なかったです。周りはなんだかんだ言っても、東大、一橋(出身者)とかがいっぱいいて、みんな頭良かったし、どう見ても頭悪いほうから数えたほうがはやいって立場だったんで、俺はダメだろうなって思っていました。でも、はじめてみたら少しずつ成果が出てきたんです。やればできそうかなとは思い始めました。しばらくして、外資の生命保険会社に転職したんですけど、その会社は実力主義で、座席は成績順。一番下っ端の人間が一番前に座っていて、一番後ろにできる奴がいる、って会社。もちろん初めは何も分からないから一番前からスタート。まわりは自分より5,6歳下の学校出たばっかりの人たちで、「浜田さんそんなこともわかんないの?ダメですよぉ」とか言われるし、後ろの人には怒鳴られて、自尊心も何もぼろぼろですよ。でもそこで歯を食いしばってがんばって、1年か1年半で、一番後ろまで上り詰めた。そのころからMBAのための勉強も始めた。すごく熱く燃えていて、強烈な向上心と野心を持ち続けた。あともう一つあって、生命保険会社って新入社員は全員、一年間かけて8教科勉強するんです、税法だとか、契約の何とかって専門的なもの。一年後に生命保険業界主催で、その8教科の試験を受けるんですが、生命保険業界って当時は、新入社員が中途と新卒合わせて毎年1000人くらいいました。そのとき、どうせならどこまでできるか頑張ってやろうと思った。「この会社の史上最高得点をとってやろう、できれば1000人いるその年の全生命保険会社の新入社員の中でナンバーワンをとってやろう」と決めて、猛烈に勉強した。その結果、全新入社員の中でナンバーワンではなかったかもしれないけど、平均で97、98点はあった。社内ではダントツに史上最高得点。そのときに自信がついたかな。なんだ、やればできるって。だから自信満々だったわけじゃないです。自分はダメだということの気づき、違和感、これじゃいけない、埋もれたくない、人と同じになりたくない。抜け出そう、じゃあ勉強しよう、仕事しよう、やったら少しはできた、もう少しできるかな。もっとできた。じゃあもうちょっと・・・、ずっとその繰り返しです。


 前社長に叩き込まれたリーダーシップ 

――では、リーダーとしての経験、チームをまとめながら業績を上げるという点ではどうでしょう?リーダーシップはどのように身につけられたのでしょうか?

hamada04.jpg 僕は、生命保険会社のときに初めて自分のチームを持ったんですが、そのとき初めて、人をマネージするっていうのが如何に難しいかっていうのが良く分かりましたね。良かれと思って、部下の女性に権限を渡して裁量の幅を広げたら、拒否されたんです。責任を負いたくないと。給料も上がらなくていいから前とおなじことをしたいって言うんですよ。ショックでした。外資系だし、実力主義の会社だったし先進的な人たちの集まりだと思ってやっていたらそうでもなかった。そのときは結局やってはもらったんですけど。当時の上司に一つ注意されました。「全員が自分と同じくらいできるし、やろうという気力を持っているという前提をまず捨てろ」と。確かに考えてみると、小学生のときに仲間を率いて自転車で坂道を駆け下りようとして、「行くぞー!!」って走り出してもふと気がついたら後ろから誰もついてきてなかったとか、あったなあと。他の人のことを考えないで、勢いだけで行くっていう悪い性格は今でもあるんで、人をマネージするってことを初めて経験したときに、この点はまずいかなと思いました。

その後アメリカのMBAに行って、そのころの俺は、日本に帰って絶対すごい人になってやる、っていうまあ本当に現実的なマグマのような野心があったんですけど、縁あってアメリカでコンサルティング会社に入った。そこでデルのプロジェクトに関わって、気に入ってもらって社員になって、一個一個事業を全部ゼロから立ち上げたんです。ひたすら、一個一個。そのときの気持ちはお金じゃないですね。ふと気がついたら、それまでの人生、ただの一回もお金で動いたことはない。デルに移籍って話があったときも、他からもヘッドハントがあって、もっとお金の条件がいい、有名な企業もありました。でもそういうのはお断りして、自分がやりたいこと、自分が成し遂げたい仕事がそこにあるか、興味のある仕事がそこにあるか、興味のあるビジネスをやっている会社かどうか、で判断していた。ものすごくピュアに選んでいましたね。それに、がんばっていればいつかはお金が稼げるだろう、と常に思ってやってきた。デルに入ったあとも部下より給料が低いことは何回もありました。早すぎる出世だったんで、昇進に給料が追いつかないんですよ。それでも、ようし、見てろって、さらに遮二無二やると、会社はちゃんと見ててくれて、ある程度ちゃんとアジャストしてくれる。そうやって一生懸命やっていたから部下も応援してくれたし、部門が一体となって業績も上がるようなサイクルが自然に出来上がっていた。僕は自分がどういうリーダーになりたいのか、どのくらいのビジネスをやれるリーダーになりたいのか、それと今自分がやっている仕事を成功させたいのかどうか、そういうところをひたすら集中して考えていて、あいつが嫌いだから邪魔してやろうとか、何とか俺だけ金儲けしてやろうとかそういった邪念が、幸運なことに、入ってこなかったんです。私の前の社長はアメリカ人なんですけど、彼から、リーダーシップとは何たるものかを叩き込んでもらった。彼から学んで少しでもいいリーダー、強いリーダーになろうという向上心、ビジネスを成功させようと、絶対あきらめないと、そういった向上心と目的意識、それを、邪念を捨ててコントロールしていた。そしたら、成功したし、人もついてきたってことなんだと思います。

――その前社長から浜田さんが学んだリーダーシップについてもう少し詳しく教えていただけますか?

彼が一番好きだった言葉は、「コミットメント」。例えば、会計基準は3ヶ月毎だったんで、1クオーターが13週ですよね、13週のプランを立てて、やりきるわけですが、日が経つにつれて、「今期売り上げはいくらで利益はこのくらい残るからこの事業はどのくらいで終わる」という予測を立てるわけです。その予測を日本の企業では「売り上げ予測」とか「着地点」などと言ったりしますし、英語でも「Outlook」(見込み)、という色々な言い方がありますが、彼はそれを「コミットメント」と言え、と私に教えた。それは約束だと。「今期はいくらで終わりそうですよ」というように、他人事にするのではなく、「あなたがオーナーシップを持っているんだから、それはコミットメントである」と。要するに、リーダーが決めたということは、みんながそれに向かって走らなきゃいけないんだから、リーダーたるお前が全責任を持てということです。だから何か言うときにも、「これは私の数字だ」「これは私が決めたことだ」「これは私は死んでもやる」と言い切れ、と。リーダーシップの原点を叩き込まれたのです。そこは今でもずっと変わらないですね。

リーダーシップのスタイルという点では、社長時代の後半からは少し変わりました。2002年くらいからかな。それまでのデルはベンチャー企業の雰囲気が残っていて、放っておいてもすごい人間がいっぱい集まってくる激しいカルチャーの会社でした。ただ、当時既に5兆円、6兆円の企業になっていたわけで、だんだん会社も成熟してきて、人を大事に育てて10年、20年と戦力になってもらえる会社になろうと、もう少し大人の会社になろうと。そのためにはリーダーも大人にならなくてはいけないのでスタイルを変えましょうと、そういう運動が起きました。その一環なんですけど、僕も360度評価を受けて、自分の部下や同僚や上司の評価、10数人の評価を受けて色々なリポートを見て反省して、「ここをこういう風に直そう」という形をとっていきました。

でも、リーダーとしてどれくらいかっていうと、50.60点でしょう。デル時代は、本当に間違ったこともいっぱいやったし、ミスもいっぱいあったし、あまりいい点はあげられませんね。だから今でも発展途上だし、頂上があるとしたら、まだ3合目をうろうろしているくらいの感じかなっていう気がしますね。

リーダーシップについてもう少し言うと、私のデルでのリーダーシップが企業カルチャーの変化とともに変わったように、働いている環境と、働いている組織で、リーダーシップのスタイルは変化するんですね。どこにいっても同じスタイルっていう人は結局同じ会社でしか働けない。環境とかそのビジネス、業種、企業のサイズやフェーズ、それらによってリーダーシップのスタイルは変化します。「私のリーダーシップ論」って一言では片付けられないですね。そういうこと言える人は、おなじ企業でずっとやってきて成功してきたリーダーで、その企業の中だけで通用するリーダーシップ論だと思います。たとえば、GEでのリーダーシップのスタイルと、トヨタとではまた違うでしょうしね。もちろん根本は一緒ですよ。やると言ったら絶対やるってコミットメントとか、高潔さが大事だとか、そこは変わらないですけどね。


 本当のリーダーには「心・技・体」が備わっている 

――それではリーダーシップインサイトを読んでいるリーダーたち、そしてリーダーを目指すビジネスパーソンたちに、メッセージをいただきたいのですが。

hamada02.jpg いつもおなじこと言ってるんですけど、すぐに答えが出なくてもいいから、自分が何者でどういう人生を送りたいのか、自分の家族とともにこれからどうやって生きていきたいのかっていう、仕事観だとか仕事の哲学だとかの前に、人生哲学考えろってこと。それは小難しく考えるんじゃなくて、どうしたら自分の人生楽しくなるかってことを単純に考える。もしかしたら、来週病気になるかもしれないし、大地震が起きて会社が倒産するかもしれないでしょ。何が起きるか分からない中で、サラリーマン時代なんてせいぜい30年か40年じゃないですか。人生の半分でしょ。だからどう楽しく生きたいのか、しかも人に迷惑をかけず、できれば社会のためにもなりながら、家族、友人、社会に喜ばれながら自分も楽しくどうやって生きていこうかっていうのを常に考えないといけないと思うんです。僕は毎日考えていますよ。結論なんて無いですよ、終わり無き旅で、墓場に入ってもまだわからないようなことですから。常に考えていると、俺はこういう生き方をしたいんだっていう人間としての、素の人間としての「個」が、だんだんできてきてだんだん大きく強くなっていくから、左遷されようが、出向させられようが、ショック受けたり揺らいだりすることもないですよ。世界は大きいんですよ。世の中いろんなチョイスがあるんです。いろんなチョイスがあるから人生捨てたもんじゃない。今の会社の課長とか部長とかいう枠を取り払って、自分の人生を毎日強烈にこつこつ考えて、そうして考えることが、何があっても揺らがない「個」を生みだすから。だから、雨が降ろうが、風が吹こうが、大丈夫。そうやって晴れやかだったら、いいオーラみたいなものが出るから、結局は人も仕事も寄ってくるんじゃないかなと思うんですけどね。

あともうちょっと各論で、ビジネスパーソンとして本当のリーダーになりたいと思ったら、私は、横綱と同じで「心・技・体」だと思っています。「心」っていうのは、さっき言ったように人間としての個を持っているってことと、それをもっていてもダークサイドに陥らないようにする、まあ、高潔、正直、そういった心の部分、絶対にあきらめない、絶対にやるといったらやるっていう執着心と勝利への執念、その心。「技」っていうのは勉強すればいいんですよ、マーケティングとか、ファイナンスとかね、これはちゃんと持っておかなきゃいけない。「体」っていうのは、最近は日本でもやっと注目されていますけど、世界のビジネスリーダーっていうのは本当に真剣に体鍛えて、健康に気を遣っています。すごい社長さんは、日本人にもいますよ。そういう人は、体が常に絶好調で、こう(下向きに)ならないんですね。どんな人でも、だるくて寝不足、体が疲れているときっていうのはネガティブになっちゃうんですよ。エネルギーがあがってこない。息切れしているときに何か悪いニュースがあったら「あ、そう(ゼエゼエ)・・・」ってなってしまう。俺だってなるよ。もし悪いニュースがあっても、体にエネルギーがあれば、「そうか、よし!じゃあここから挽回だな!どういう手を打つかみんなで考えよう!」ってなるんですけど。すべてのエネルギーはまず体、体にエネルギーを溜める。そうするとエモーション、感情にエネルギーがたまって、そうすると前向きな感情になって、そうすると考え方もポジティブシンキングになっていくんです。だから心技体そろったリーダーにならなきゃいけないと自分も思っています。世の中の働く人、リーダー、リーダーを目指す人たちには「心・技・体」ということをお伝えしたいですね。えらそうなこと言っていますけど、これは私も同じように悩んで、苦しんでいる仲間ですから。


 「強烈な経験」がリーダーを育てる

――ありがとうございます。最後に、今後、浜田さんのようなリーダーを輩出するにはどうしたらよいか、お聞かせいただけますか?

そう、もう一つ、一番大事なことがあるんですけれども、それはリーダーとしての経験。どんなに心を持ったところで、技術を勉強したところで、体力あったところで、いいリーダーにはなれない。実践して、苦労していかなきゃ。だから、人間性×技術×体力×経験なんですよ。一番重要なのが経験。僕は幸運なことに若くして経験をさせてもらえましたが、たとえば、日本の企業、大企業は子会社いっぱい持っているじゃないですか。何百とありますよね。そういったところを若い経営者を育てる、明日のリーダーを育てる器としても使っていけばいいと思います。特に一部の大手商社などでは既に積極的にやっていますけど、定年を迎えた人を監査役だとか、会長だとかで放り込むんじゃなくて、若い人間を育てる器として使う。その中で強烈な経験をしている人間はだんだん増えてきました。とにかく経験させることが重要。たとえば、リヴァンプでも支援先の企業に行って執行役員とか社長とかやっている若い連中はすごくいい経験をしていますよ。そういう中から、本当に強いリーダーシップを実践で身につけて、それがまた人間性を磨いて技術を磨いて、って全部、良いサイクルになっている。リヴァンプそのものが、社員にとってはそのサイクルを作っている会社なんです。だから他の会社も同じように若い人たちにどんどん権限委譲して、経験させたらいいんですよ。そのためにはヒエラルキーの高い組織じゃダメで、可能な限りフラットな組織にしないといけない。フラットな組織にしたとたん、仕事ができない奴やしない奴はいなくなる。ヒエラルキーは無い、コミュニケーションはスムーズになる、会社としてのコストも減る、実力は段違いにアップするでしょうね。何でヒエラルキーをなくすのが難しいかって言うと、働かない人がばれちゃうから。課長だとか次長だとか部長だとかっていうのは既得権だから。でも、そこから脱しない限りは本当に力のある組織にはならないでしょう。

――若いうちから積極的に実践的な経験を繰り返し、自分を磨いていくことでリーダーシップが身についていくということですね。そのためには、組織を可能な限りフラットにしなければならない、と。どうもありがとうございました。

※浜田氏の肩書きはインタビュー時のものです。


■インタビューを終えて
デルの社長時代には武闘派の怖い社長として有名だったそうです。ですが、直接お話を伺っていると、実は熱血派の優しい方なのではないかと感じました。外資系の冷徹なリーダーというよりは、熱い親分肌のリーダーという印象です。今回はデル時代のお話をメインに掲載させていただきましたが、リヴァンプについてのお話もお伺いしました。リヴァンプの可能性を語る浜田さんが、ワクワクした気持ちを隠しきれない様子だったのが印象的でした。お忙しい合間をぬってインタビューにご協力頂きありがとうございました。(聞き手:インヴィニオ リーダーシップインサイト編集担当)

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