Leadership Insights / 「法則」がプレゼンを駄目にする

「法則」がプレゼンを駄目にする

(2006年03月16日)

仕事柄、数多くのプレゼンテーションを見てきた。また、私自身も、プレゼン手法を教える講義を何度も行ってきた。最近は、PowerPointを使いこなせる人が多くなったせいか、以前に比べると、どのプレゼンのスライドも大変きれいでよくできている。ところが、不思議なことに、プレゼンの命である「説得力」に関しては、以前よりも弱くなってしまったように思われる。むしろ、PowerPointによるプレゼンが普及し始めた頃の方が、最近のものよりも、「伝わってくる」感が強かった。なぜだろうと考えてみたが、よく分からなかった。おそらく、自己流のプレゼン・テクニックに走りすぎているせいだろうと思っていた。しかし、原因は別のところにあった。

先日、あるプレゼン技法の講座に参加したときのことである。そのときの講師は、プレゼンやコミュニケーションの技法に関する本を数多く書いている、いわゆる「カリスマ研修講師」と呼ばれる人であった。講義は、プロジェクタを使い、スクリーン上にスライドを次々に映し出して行く。どの絵(スライド)も大変美しく、参考になるものであった。話が進むうちに、ある円グラフが大きく映し出された。その瞬間、「これが原因だったのか!」と納得がいった。その円グラフには、「メラビアンの法則」というタイトルがついていたのである。この「メラビアンの法則」こそが、最近のプレゼンを説得力のないもの、はっきり言えば、駄目なものにしている原因だったのだ。

ご存知の方も多いと思うが、ここで「メラビアンの法則」について、簡単に解説しておこう。米カリフォルニア大学の心理学者、アルバート・メラビアン教授(現在は名誉教授)は、人が初対面の他者とコミュニケーションを行う際に、言語的(Verbal)な面と、非言語的(Non Verbal)な面のどちらをより重視するかを調べた。その結果、表情、態度、ジェスチャーなどのボディ・ランゲージが55%、声の調子が38%、言葉そのものはわずか7%に過ぎないと発表した。つまり、人は言葉(話の内容)よりも、表情、態度、声の調子などで初対面の人を判断してしまうという「法則」である。最近、ベストセラーになっている「人は見た目が9割」(竹内一郎、新潮新書)という本にも、「メラビアンの法則」が載っている。プレゼンを行うときには、この「法則」を踏まえ、ビジュアルをより重視しなければならない。なぜならば、言葉はわずか7%しか相手に伝わらないからだ。

実は、メラビアン教授が発表したものは、ある心理学の実験の結果をまとめた、短い論文である。そこには「法則」など、一切存在していない。その実験とは、ごく簡単に要約すれば、「人は、対面する相手の言葉の内容と態度が矛盾している場合、態度の方を優先して判断する」というものである。例えば、ある人に向かって「あなたは嘘をついていますか?」と聞いたとき、その人がそわそわしたり、目を逸らしたりしながら、弱々しい声で「いいえ...」と言ったとしよう。あなたが、その様子を見ていたとしたら、どう判断するだろうか。ほとんどの人は、言葉よりも態度の方を見て判断するに違いない(実際の実験では、人の表情を写した写真と、テープに吹き込まれた音声が使われた)。

この実験結果から得られた結論が、普通のビジネス・プレゼンテーションに当てはまるかどうかは、改めて考えるまでもないだろう。ところが、その内容がいつの間にか一人歩きして、「プレゼンでは、見た目や声の調子が93%の説得力を持ち、言葉は7%にしか過ぎない」ということになってしまった。おそらく、(1)アメリカの一流大学の教授が、(2)心理学の実験によって、(3)93%という数字を導いたことが、結果として「法則」という虚構にリアリティを与えてしまったのだろう。前述の「カリスマ講師」も、プレゼンにおいて重要なポイントはちゃんと述べているのだが、なにしろ「メラビアンの法則」の方が強烈である。その他のポイントは、すっかり影が薄くなってしまう。受講後の印象として残るのは、「内容よりも見た目が大切」というメッセージである。その結果、プレゼンにおいて最も大切なメインメッセージや、ロジックが二の次、三の次になってしまうのである。

しかし、ビジネスの現場において、何よりも重要なのは、言葉(メッセージ)そのものである。見た目や態度は、あくまでも言葉を補完するものでしかない。私は、前述の「カリスマ研修講師」も、「法則」を堂々と載せているプレゼン本の著者も、メラビアン教授の書いた原著論文を、一度も読んだことがないのだろうと思っている。一読していれば、こうした誤用は、起きなかったはずである。それにしても、原著論文も読まずに、伝聞だけでこうした「法則」を広める研修講師がなんと多いことだろう。正直、驚きを通り越してあきれてしまう。「いや、論文は読んだのだが、インパクトを与えるために、あえて『法則』として使わせてもらっただけだ」という声も聞こえてきそうだが、それでは、結果として、受講者に嘘をついたことになる。

では、研修やトレーニングを受講する側の立場からは、どう対処したらよいのだろう。もちろん、講義の中に出てくる「法則」や「数字」の類に、十分注意をはらうことは大切である。しかし、プロフェッショナルである講師の言葉を、いちいち批判的に検討していたら、トレーニングにならない。これは、教える側の問題である。教える立場にある人間は、常に勉強を怠ってはならないということだ。そのことを、研修を受ける人たちにも、是非知っておいて欲しい。そして、講師がちゃんと勉強しているかどうか、少しでも疑問に思ったら、どうか遠慮せず、どんどん質問をして確かめて欲しい。それが、講師の質を高め、ひいては受講者の利益に繋がって行くのである。

参考文献:Albert Mehrabian「Silent Messages: Implicit Communication of Emotions and Attitude」,「Journal of Consulting Psychology 31,1967, pp248-252」 

平野 茂実



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